田中翔さん(仮名)
「同性婚の合法化でビジネスチャンスも広がる」と話す田中翔さん(仮名)

 幼いころから性に違和感を覚えて育った田中さんが、性別適合手術を受けるためにタイに来たのは24歳の時だった。水商売の後に就いたタイル工の仕事でためた140万円を握り締め、バンコクの空港に降り立った。

 両乳房はすでに4年前に日本で切除。戸籍名も男性風の名前に変えていた。最後の関門である戸籍欄の女性から男性への性の変更には、生殖器を除去し整形する必要があった。

 当時も今もタイは、世界一の性別適合手術先進国。田中さんがかかった総合病院だけでも毎年万人単位の受診者が門をたたく。それでいて、かかる費用は日本国内の2分の1だ。

 卵巣や子宮の摘出のほか、尿道を延長する手術も含め、入院期間はわずか2週間。タイ国内でさらに2週間の観光をした後に普通に日本に帰った。手術に問題はなく、術後の違和感や薬による副作用などもなかった。

 直ちに家庭裁判所に急行し、戸籍上の性の変更を求めた。2003年成立の「性同一性障害特例法」は施行されて間もなくで、全国でもまだ審判例が少なかったころ。そんな中でも「わずか3分の出頭」(田中さん)で、晴れて男性となった。

開業医に頼み込み
乳房を切除

 自分の中で「女であることと戦い続けてきた」。高校の女子寮で、女子の輪の中にいた時の苦痛を今も忘れない。入浴時に自分の裸が他人の目に留まることに強い抵抗感があった。女と思われることが、とにかく嫌でたまらなかった。

 3年次に部活動を引退するとこっそり寮を抜け出し、かねて目指していた夜の風俗街へ。ここで初めてとなる男性ホルモン注射を尻に打つ。原資はバイトでためた全財産の5000円。男として生きたい。性転換を決意する第一歩だった。