小堀晋一
LGBTなど性的少数者に寛容なタイで、同性婚カップルに対し一般の男女の夫婦と同等の権利を認める法案が閣議決定された。このチャンスをビジネスにも活用しようという動きが一部で始まっている。

11月に改選を迎えるミャンマーの総選挙が7月20日、立候補の受け付けを開始した。8月7日に締め切られ、11月8日の投票日までの長い選挙戦が始まる。最大の関心はアウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が改憲に必要な4分の3を確保して大統領になれるかだが、現地から聞こえてくるのはもっぱら「惨敗」の予想の声。日本では「スー・チーさん」の呼称で知られ、民主化の旗手として盛んにもてはやされていた過去が嘘のようだ。あと一歩最高権力者の地位に手が届かなかった前回選挙から5年。ここまで酷評されることになった本当の理由とは。

日本が8億ドル(約900億円)を出資したミャンマー南東部にある「ダウェー経済特区」。人口30万人の巨大工業都市を造るという壮大な計画だが、事業開始から12年がたった今も、開発は一向に進んでいない。赤土の荒野が広がる現地を取材した。

香港がイギリスから中国に返還された日の翌日1997年7月2日は、タイの通貨バーツが、米ドルに連動するドルペッグ制から変動相場制に移行し、アジア通貨危機が始まった日である。それは間もなくアジア各国に波及し、一斉にアジア売りが始まる。バブル後遺症からの回復を目指していた日本経済にも影響し、「失われた20年」とされる長期経済低迷に突き進むきっかけともなった。震源地の一つマレーシアでは、当時のマハティール首相が独裁色を強め、側近だった副首相の首を取る政変まで起こっている。あれから23年。同国では今も変わらぬ政治家たちが終わらない権力闘争を続け、混迷の度合いを強めている。

6月18日は「海外移住の日」である。今から1世紀以上前の1908年6月、日本人781人を乗せた「笠戸丸」がブラジルのサントス港に到着。海外移民時代の幕開けを告げた。以降、日本からの海外移住者は増え、やがてアジアやオセアニアなどにも広がる。商用などで自ら渡航する人も少なくなかった。そうした中、タイに渡り日本料理店を構えた一人の料理人がいる。現地軍に徴用され、アカデミー賞映画「戦場にかける橋」でも知られる泰緬鉄道建設にも従事したという故・森園博康さん。現存する中ではタイでおそらく最古の日本料理店を、子、孫たちが3代にわたり、今も大切に守り続けている。

新型コロナウイルスの感染拡大が収束に向かった東南アジアのタイ。3月26日に発令された非常事態宣言も早ければ6月には見直され、日常の暮らしが戻ってくる見通しだ。こうした中、コロナ収束に大きく貢献し、日頃から現地で暮らす駐在日本人の“駆け込み寺”ともなってきた民間病院の経営に狂いが生じ始めている。収入の柱であるメディカルツーリズム(医療観光)客が大幅に減っているのに加え、ウイルス感染に神経質となった従来の利用者が一斉に敬遠を始めたのだ。病院では今、抜本的な経営の見直しが求められている。

新型コロナウイルスが猛威を振るう中、東南アジアのタイで民間病院を中心とした医療水準の“高さ”に関心が高まっている。医療設備も欧米並みで、かねてアジア一円の富裕層らが熱心に医療観光(メディカルツーリズム)に訪れていたところ、ウイルスの早期収束で一気に注目されるようになったのだ。

新型コロナウイルスの感染拡大で世界各国の航空会社が運休を続ける中、タイのナショナルフラッグである「タイ国際航空」が経営破綻した。負債総額は昨年末時点の約2450億バーツ(約8300億円)から、最終的には日本円で1兆円近くにまで膨らむ可能性がある。注目すべきは破綻に至った本当の理由で、新型コロナが最後の一撃とはなったものの、「当然だ」「遅すぎた」などと内部に原因を求める声が少なくない。再建計画案さえまとめることのできなかった背景には、自業自得とも言うべき拭いがたいなれ合いの体質があった。

新型コロナウイルスの感染拡大を抑制しつつあるタイで、経済活動の再開と国民生活の復旧に向けた動きが本格化しようとしている。政府は5月3日以降、一部商業施設の営業を再開。徐々に規制緩和を実施していく方針だ。だが、ネックとして立ちはだかるのが、感染第2波のリスク。再び感染が広がれば、直ちに営業停止を復活させる見通しだ。新型コロナウイルスを完全に収束できるか否か。そのカギを握るのが、3月下旬から封鎖している陸路国境での密入国者への対応にある。

新型コロナウイルスが猛威を振るう中、行政機関が最も頭を悩めるのが、休業要請などと引き換えに行われる補償問題だ。対象や範囲を厳格化すれば給付は遅れ、かといって緩和すれば必要とされる財源が巨額となるなど悩みは尽きない。

水鉄砲やバケツを使って豪快に水を掛け合い、新年(旧正月)を祝うタイの「ソンクラーン」。日本語で単純に「水掛け祭り」とも呼ばれるそれは、隣国のミャンマーやラオスにも存在し、1年のうちで最も盛大に行われる酷暑の年中行事だ。ところが今年は、新型コロナウイルスの感染拡大により、いち早くイベントの開催が見送りとなり、人々は大いに驚き大いに落胆した。

「満を持して」という表現が今の日本の大方の声なのだろう。4月7日発令された緊急事態宣言。安倍首相は「欧米のような都市封鎖(ロックダウン)にはならない」と強調し、国民に冷静な行動と協力を呼びかけた。だが、街では若者を中心に「守らなくても罰せられないんだろう」といった冷めた見方が広がり、不安が拭えない。気になるのは強制力なき緊急事態宣言の行方だ。先んじて発令された他国では何が起きたのか。3月26日から非常事態宣言下に突入した東南アジア・タイでは、違反者には厳しい罰則規定が盛り込まれながらも、目を覆いたくなるような信じがたいケースが相次いでいる。

新型コロナウイルスの感染拡大に揺れる東南アジアのタイ。感染者はほぼ連日にわたって100人を超え、マレーシアと並ぶ多発感染国となっている。こうした中、バンコクの中心部で3月31日、タイ国内2店舗目、アジア全域としては11店舗目となる「DON DON DONKI(ドンドンドンキ) The Market 本店」がオープンした。

「どういうことだ!これでは地方でクラスターが発生してしまうではないか!」。3月22日午後、王宮にも近い首相府の首相執務室。扉のすぐ外で待機していた側近の役人たちは、プラユット首相のあまりの怒号の大きさに思わず顔を見合わせた。いたたまれずうち一人が室内をのぞくと、大型液晶テレビに映っていたのはバンコクの主要なバスターミナル駅の1つ「モーチット・バスターミナル」が人であふれる映像だった。

「入場客にはアルコール消毒を義務づけるなど衛生管理もしっかりしてきたのに、問答無用で営業差し止め。こんなことができるのは政権が軍主導だから。現場の努力をよく見てから判断してほしかった」。こう憤って話すのは、タイ・バンコク屈指の歓楽街「ソイ・カウボーイ」で酒場を経営するブンさん(仮名)。一斉に始まった歓楽街の営業自粛要請でやむなく臨時休業した一店舗だ。
