著名な結婚式場を訪ねては、同性婚の成婚プランを置くようにも勧めた。最初はけげんそうだった担当者も徐々に話に耳を傾けるようになっていった。だが、上司の壁は厚かった。この時でもまだ時代は10年以上も遅れていた。

 講演や企業回りを続ける中で、かねて気になっていたことが、より気になるようになった。性的少数者が着用できる正装(スーツ)がいかに少ないかということだ。

 自分自身も上半身に筋肉が付くようになったとはいえ、骨盤の形などには女であるころの面影が残っていた。既製品や汎用品で、これらに配慮したものはなかった。

 好みやファッションセンスも同様だ。地味な濃紺スーツや単調なドレスを好まない人たちが、多感なLGBTには少なくない。こうしたニーズを取り入れた洋品店やアパレルサービスは、日本ではほとんどなかった。性別適合手術の結果、コンプレックスを持ってしまう人々をケアする仕組みが整っていなかった。

 そこで一計を案じたのが、人件費や原材料などの安価なタイでの起業だった。タイは、アジアとヨーロッパやアフリカとを結ぶ世界の中継地。現地で流通する生地や糸などの素材も豊富で色とりどり。入手も容易だった。

 技術の取得と研修も兼ね、まずは日本でアパレル店を出店してみたところ、多くの客が殺到した。LGBTだけではない一般の客からも、例えば成人式用のスーツなどの注文が舞い込んだ。

 満を持してタイに自分の店を開設したのはそれから間もなく。以前の性別適合手術向けコーディネート会社を整理してから3年が経過していた。

タイで経営するアパレルショップ
田中さんがタイで経営するアパレルショップ。ファッションセンスが人気の的だ