2010年の日本振興銀行事件では、私と同じ社外取締役だった弁護士のAさんを自殺で失った。真面目な人で、銀行の先行きが見えないことを悩んでおられた。悩みは私も同じだったが、彼の悩みは私より深かったのだろう。自殺される5時間前まで一緒に飲んでいた。それでも私は彼の自殺のサインには気づかなかった。気づかなかったのは、私だけではない。その場にいた他の人間もまさか自殺されるとは思いもよらなかった。言い訳するわけではないが、それほど自殺のサインを感じるのは難しい。

『人間臨終図鑑』が語る死

 人間の死の様子を集めた『人間臨終図巻Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』(山田風太郎著・徳間文庫)という奇書がある。

 その中から自殺者をピックアップしてみよう。

 17歳で華厳の滝に飛び込んで死んだ「藤村操」。美少年の一高生だった彼は死に際して瀧の落口ちかい大樹を削り「巌頭の感」を墨書する。

 そこには「万有の真相は唯一言にして悉(つく)す。曰く『不可解』」などと書いた。

 山田は「この遺書とその死は、当時のみならずその後数十年にわたって、内省的な青年たちに甚大なる感動を与えた。それは日本で初めて人生の意味を求めて自殺した若者に対するショックのゆえであった」と書いている。

 今も昔も若者の自殺こそ生者にとって「不可解」なものはない。

 28歳で自殺したマラソンランナーの円谷幸吉。彼が東京オリンピックのマラソンで3位でゴールインした興奮は、私も覚えている。その彼がメキシコオリンピックを目前にして自殺したことは、国民に衝撃を与えた。