数々のベンチャー企業を成功に導いてきた若手NO.1ベンチャーキャピタリスト・佐俣アンリ。世の中をより良くするために、起業家たちを全力で支援し続けてきた彼の姿は、先行き不透明なコロナ禍に苦しむ私たちに間違いなく勇気と活力を与えてくれる。
そんな彼が5年の歳月を費やした初の著作『僕は君の「熱」に投資しよう』は、生き方に迷う人々を圧倒的に肯定し、徹底的に挑発する仕事論の新バイブルとして話題沸騰、発売即の大重版が決まった。
同書の読者は、起業を目指す人だけではない。スポーツでもアートでも、趣味でも社会活動でも、もちろん目の前の仕事にでも、「熱」をもってチャレンジするすべての人に向け、その熱を100%ぶつけて生きてほしいという願いを込めて書かれている。ノウハウ本でも成功本でもなく、ただただ「熱」をもつ人の暴走本能を刺激する本だ。
この連載では同書から特に熱い部分を紹介していきたい。第7回は、佐俣氏が実際に経験した「自らを成長させる正しい場所」について!
「カバン持ち」で狙うべきは高名な人の独立後
僕はベンチャーキャピタリストとして修業するために、投資家・松山太河(まつやま・たいが)さんのところに「カバン持ち」として転がり込んだ。それはまさに前回お伝えした自分を正しい場所に位置づけた経験だった。
日本とインドネシアでもっとも成功した投資家のひとりであり、メルカリを起業したばかりの山田進太郎に六本木の交差点で数千万円の投資を決めたエピソードで有名な太河さんは、投資家の界隈では「生きた伝説」として知られる。
僕が太河さんと出会ったのは大学生の頃だ。当時からスタートアップやベンチャーキャピタリストに興味があった僕は、インスプラウトという、IT企業のインキュベーション(支援)を手がける会社でインターンをしていた。
「VC(Venture Capitalのことだが、Venture Capitalistの略としても使われている)を集めた飲み会をやるから君も来ない?」
ある日、人づてにそんな誘いが舞い込んだんだ。僕は当然、二つ返事でその飲み会に潜入することにした。その参加メンバーの中にいたのが太河さんだった。
飲み会は神保町にある飲食店の個室で開催された。席につくと、さっそくみなで自己紹介を兼ねたあいさつをしていく。僕が自己紹介を終えると、太河さんはぽかんとした表情をして、僕に向けて第一声を放った。
「君、なんでここにいるの?」
ごもっともだった。ベンチャーキャピタルの社長クラスが並ぶテーブルの中で僕だけが学生だったのだから。
「ベンチャーキャピタルが好きでして……、ちょっと勉強させていただきたく……」なんてもごもごしながら、場に馴染めなかった僕だったが、プログラマーのポール・グレアムについて話しはじめたとき、太河さんの表情が変わったのを覚えている。
今でこそエッセイストや投資家として知られているが、当時はごく一部のエンジニアの中で、プログラミング言語「LISP(リスプ)」のハッカーとして知られているにすぎない存在だった。
僕は当時からインターネットが世界を変えると確信していたので、彼の著書であり名著である『ハッカーと画家──コンピュータ時代の創造者たち』にハマっていたのだ。
特別な職能集団に受け入れられるためには、彼らとの共通言語を持つことが必要だ。その日から太河さんは僕に目をかけてくれ、折に触れてメールをくれて、飲み会にも誘ってくれるようになった。
その後、学生だった僕はリクルートに就職し、社会人としての一歩を踏み出した。その約2年半後、「ある出来事」をきっかけに会社を辞めて転がり込んだのが太河さんのところだった。
太河さんはちょうど、イーストベンチャーズという、インドネシアの成長ITベンチャーに投資するファンドを組成している頃だった。
「でも今、そんなに仕事がないからな。……じゃあ、『フリークアウト』っていう会社が立ち上げをやってるから、手伝いをしに行っておいでよ」
太河さんは「俺、あんまりカバンとか持たないし」とでも言いたげな顔で、少しばかりのお金をくれ、転がり込んだばかりの僕をさっそくスタートアップの立ち上げに参画させてくれた。
手伝いというのは、事業計画、サービス開発、友達をクライアントとして連れてくること、掃除を含む雑用など、まさにすべてだった。起業家と「同じ釜の飯を食う」のが僕の日常になり、その釜自体をつくることが仕事のすべてだった。
こうして僕はフリークアウトに身を置き、起業家と並走しながら成功へと導いていく、太河さん流の「ハンズオン」の投資スタイル(出資者が投資先企業の経営に直接参画するやり方)を体得していった。
僕はこの場所で、太河さんを自分にコピーし続けたんだ。
太河さんのようにものを見て、理解し、話し方まで似てきた。
一見、体当たりの丁稚奉公のように思えるかもしれないが、僕は僕自身を正しい場所に位置づけている実感があった。投資は実践からしか学べない。伸びるスタートアップを生み出している投資家のもとにいながら、同じ空気を吸って、頭と体で学ぶしかないのだ。
そして覚えておいてほしい。カバン持ちの募集なんて誰もしないし、「カバン持ちをさせてください」とは言い出しにくいものだが、成功した高名な人がなんらかの形で独立したとき、その人は案外孤独だ。
行動を起こすとすれば、狙い目だと思っておくといい。
すべては正しい場所に行き、成長するためだ。カバン持ちもその選択肢として考えておいて損はない。
1984年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。松山太河氏がパートナーを務める「EastVentures」にてFreakOut、CAMPFIRE等への投資及び創業支援を経て、2012年「ANRI」を27歳で設立。独立系ベンチャーキャピタルとして、主にインターネットとディープテック領域の約120社に投資している。VCの頂点をめざし、シードファンドとして国内最大となる300億円のファンドを運営中。現在の主な投資先は、LayerX、NOT A HOTEL、hey、Mirrativ、アル、Rentioなど。
2017年には、ビル一棟を使ってスタートアップを支援するインキュベーション施設「Good Morning Building by anri」を渋谷にオープン。投資先ベンチャーのオフィス、ミーティングルームやカフェなどがあり、ANRIを中心としたコミュニティが形成され、起業家のアジト、梁山泊の様相を呈している。日本ベンチャーキャピタル協会理事。ツイッターは@Anrit