つまり、菅氏は、もともと代々農家の出身で、いわば、田舎から都会への“出稼ぎ農民”だった。これは、今の日本の多くの政治家が世襲であるのとは正反対である。現に8年間陰で支えた安倍総理は政治一家で、祖父や父親が大物の政治家だった。一方の菅氏は秋田県にある小さな村のイチゴ農家の息子。どうやってここまで上り詰めてきて、一国のトップとなったのか。中国人にとっては、このプロセスにひかれ、大いに興味を持っているのだ。

 実際、中国の各メディアで紹介されている菅氏の「サクセスストーリー」を見ると、概ね下記のような感じで記されている(※筆者注:多少、誇張されている部分もあるようだ)。

「秋田の田舎のイチゴ農家に生まれた長男。家は代々コツコツ土を耕す農民。中学、高校時代に、毎日1時間から2時間もかけて山道や雪道を歩いて通学した。高校卒業後、集団出稼ぎで上京した。ダンボール工場や配管工として働く傍ら、大学の夜間部に通っていた。それも学費が一番安い大学と学部を選んだ。その後、人生の転機が訪れて、議員の小此木氏の秘書となった。

 いつも控えめで、忠実に議員に仕えた。会食のときも必ず先に食べ終えて、議員たちに気遣いをした。その早食いのクセは今でも残っている。このため、最もよく食べるのが(早く食事ができる)うどんとそばだ。そして、横浜市会議員に出馬したときに、票を獲得するために奔走し、数カ月で靴を6足も履き潰した。

 当時、他の候補者が室内でプレゼンすることが多かったなか、彼はそれらの場所を借りるお金がないため、駅前でマイクを手にし、歩行者に挨拶し演説をした。その後、他の候補者もみな、街頭演説をまねしはじめた。彼は街頭演説の元祖である。

 小泉、安倍政権で長らく『脇役』として、陰で政権を支えてきた。常に控え目で低姿勢、各方面との協調、火消しに苦労して来た人。また、お酒やたばことも無縁で、人柄も真面目。長年の努力の積み重ねで、特に激しい政治闘争も行わずして、自然の流れで一国のトップとなった。これらはまさに彼の座右の銘『意志があれば道があり』の通り、努力の賜物だ」

多くの中国人が
菅氏に感銘する事情とは

 多くの中国人が、菅氏の「成功物語」に感銘し、共感するのは、中国には複雑な事情があるからだ。