普段口にする食材をつくっている農家や漁師の顔が浮かぶ人は、今どれくらいいるだろう? 生産者と消費者が生産者とふれあう機会は少ない。そのことで食べものの価値を感じにくく、生産者からも買い手の顔が見えなくなっている。
では、もし美味しい食材の売買を通じて、知らない同士がコミュニケーションできるツールがあればどうだろう。スーパーで買い物するより、食べる側は生産現場のリアルを知ることができる。つくる側は食べ手の気持ちを考えるようになり、「ありがとう」を糧に仕事ができる。その関係性は、いざという時、強さになるはずだ。
その関係性を、しかと事業として実現しているのが、株式会社ポケットマルシェ、通称「ポケマル」である。同名のアプリの登録生産者数は約3400人、登録ユーザー数は約23万人。生産者と消費者が手を取り合う先にどんな未来があるのか? CEO高橋博之氏、そしてポケマルを使っている生産者にも話を聞いた。

一次産業者と出会う「きっかけ」をつくるアプリ

「普通にしていたら、農家や漁師と知り合わないまま生きられる時代なんですよ、今って」

 そう言い放ったのは株式会社ポケットマルシェ代表の高橋博之さん。今年8月6日、佐賀県で行われた「REIWA47キャラバン」(注)でのことである。今や農家は全国民の140人に1人、漁師にいたっては700人に1人。黙っていたら消費者は生産者と出会わないそのきっかけをつくるのが、ポケットマルシェの目的だという

 黒のタンクトップに焼けた腕がむき出しで仕事上がりの兄ちゃんといった格好だが、今や伸び盛りのIT企業の代表である。

 2016年にスタートした「ポケットマルシェ(以下、ポケマル)」はスマートフォンを通じて簡単に生鮮品を売ったり買ったりできるアプリ。新型コロナの影響もあり、利用者数は前年度比4.3倍と飛躍的な伸びを見せている。『週刊ダイヤモンド20年3月21日号』の「儲かる農業」特集でも、「役立つ『販促・集客ツール』ランキング」で1位を獲得した。

 生鮮品はJAや漁協を通して卸すのが当たり前、という常識はすでに覆りつつある。前述の農業号でも掲載されたように、農産物をJAに出荷する割合は60代以上の農家では50%を越えているが、50代以下では29~30%。産直市場やネット通販など直販する手法も増えている。

 ポケマルの登録生産者数は現在、約3500名。今年の2月に比べて、こちらも1.8倍と躍進した。

「REIWA47キャラバン」で聴衆に語りかけるポケットマルシェ代表の高橋博之さん

注:「REIWA47キャラバン」は高橋さん自ら生産者や消費者との交流、生産現場視察を目的に全国47都道府県を周っている企画。この日も生産者や消費者30人近くが集まり講演はオンラインでも配信された。

目指すは新しいFacebook?――他のECサイトと何が違うのか

 広がりの理由は、何よりその手軽さにある。スマホで気軽に登録、出品できる。そこまでは無料。品物が売れて初めて、売値の15%が手数料としてかかる。値段も、商品構成も生産者が決める。ヤマト運輸から入力済みの伝票が届くので、伝票作成の手間もかからない。送料は消費者負担。手数料を除く残りはすべて生産者の取り分になる。売値の半分以上を市場や流通、小売にもっていかれる通常の流通の仕組みとは大違いだ。

 徹底して生産者に配慮して設計されたしくみと言える。

 野菜の通販サービスと言えば、かつては1985年に有機農産物の宅配を始めた「大地を守る会」や、1988年に始まった会員制の有機農産物宅配サービス「らでぃっしゅぼーや」があった。さらに2000年にはオイシックスも創業。これら3社が今は合併し「オイシックス・ラ・大地」となって食材宅配の会社として規模を拡大してきた。他にもイトーヨーカ堂のネットスーパーやAmazonフレッシュなど生鮮食品宅配のプレイヤーは多様化している。

 しかし、ポケマル広報の東樹詩織さんは、こうした「産直ECと言われるサービス群から早く抜け出したい」と話す。目指すのは、生産者と消費者がつながり関係を生む新しいプラットフォーム、いわば“生鮮版のFacebook”である

「オイシックスさんが一度仕入れた野菜をパッケージにして売るのは、八百屋さんに近い機能だと思います。ポケマルはあくまでプラットフォーム。うちが間に入らず、生産者とお客さんに直接やり取りしてもらうためのツールです」

 これが高橋さんの冒頭のセリフにつながる。黙って暮らしていては生産者と知り合いようのない消費者が、生産の現場を垣間見ることのできる世界。アプリの仕様にもそうした意図が反映されている。

 生産者ごとのコミュニティ欄には、畑や海の写真が並ぶ。たとえば北海道紋別のホタテ漁業者のページには、漁場である美しい海、「耳吊」という珍しい漁のこと、消費者の側からも、お礼を伝える「ごちそうさま投稿」や、届いた食材をどう調理したかの写真が次々にアップされる。仕様上、コミュニティでは「評価」「レビュー」といった言葉は使われない。商品が届いた後、消費者には3段階評価が求められるが、結果は公開されず生産者にも伝わらない。あくまで事務局向けのものだ。

 商品を売買するというより「知り合いとやり取りして生鮮品を買う」イメージに近い。

驚くほどのリピート率――老舗ヤマメ養魚場を支えた消費者の力

「食べることは生きること」

 高橋さんのこの言葉がポケマルを選んだ決め手になったと話すのは、熊本県高森町の川部養魚場の打越友香さんだ。

「昨年から通販を始めたいと思ってどこで売ろうか考えていたんです。いろんな講演を聞きに行ったり情報収集する中で知ったのが、高橋さんの言葉でした」

 川部養魚場では、阿蘇山系の伏流水によるヤマメやニジマスの養殖を手がけている。近隣の温泉旅館や都心部の飲食店が主な取引先だが、新型コロナの影響で多くの取引先が休業をせざるを得なくなり、4月の売上は全年比9割減にまで落ち込んだ。1970年の創業以来、始めてのことだ。

川部養魚場の打越友香さん

「そこですぐにネット通販を始めました。魚はどこでも買えます。でも、職人が手塩にかけて育てたヤマメを売るのは、安さを競って売るサイトではなく、お客様とちゃんとコミュニケーションを取れる方がいいと思ったんです」

 ポケマルを始めて驚いたのが、次々に届くお客さんからの言葉だった。

「サイト内のコミュニティーへ投稿してくださる方はもちろん、手紙をくださったり、わざわざ電話をいただいたり。美味しかったからって特産品を送ってくださる方までいたんです。売る人とお客様の関係を越えているなって。始めてまだ5ヵ月ですが、リピート率が7.5%。これは想像をかなり上回っていました」

 5月のポケマルでの売上は全体の11%を占め、その後も6%ほどを維持している。同様の産直サービス「食べチョク」や自社サイトでの販売を始めたこともあり、オンライン全体の売上は5月が45%、その後も20%前後で推移している。

 もちろん人気の背景には商品の質の高さがある。打越さんのご主人で専務取締役の村上寛直さんが元料理人だったこともあり、魚の処理法にも知識があった。

「魚は鮮度が命なので、すぐに処理をして冷凍して送ります。身がフワフワで臭みがない、焼いた時の香りがいいというのが皆さんにいただく感想です」

 自分が食べて美味しかったから、贈り物に、お中元にとリピートしてくれる。

 加えて、オンライン上での打越さんのコミュニケーション力もリピート率に大きく貢献しているように見える。コミュニティ欄に届くお客さんからの言葉には、都度、打越さんの丁寧な返信が入る。

「お客様という枠にとらわれず、友人に大切なヤマメをお渡しする気持ちでお届けしています。一度売れて終わりではなく、長くお客様に関わっていきたい想いがあるので。毎回心をこめてお届けしています」

川部養魚場の村上寛直さん

「生産者を訪ねるツアー」まで出品?――顔の見える関係が切り拓く可能性

 一方で、売上の柱にはならないが、モチベーションの上で利用価値があると話すのは、トマト農園Soilの荒木昌造さんだ。

 荒木さんは4年前に新規就農し、熊本県南阿蘇村で農園を営む。いま商品の7~8割は福岡県や宮崎県のスーパーとの直接契約で販売している。多い時には1日200~300キログラムのトマトを袋詰めしてスーパーへ送る。ポケマルに出品しているのは、1日1箱限定と全売上の1割にも満たない。それでも続けるのはなぜか。

「今うちの商品は一般のスーパーより少し高めのナチュラル志向のスーパーで売れていて、生産量が需要に追いついていない状況です。なのでポケマルだけで全売上を立てるようにはまずならない。でも農業ってただの労働だと思うとやっていられないところがあるんです。
 少しでも環境負荷を減らして美味しいものをつくろうとするから勉強するし試行錯誤する。そこに面白みがあるし美味しいと食べてくれる人が見えるからモチベーションもわきます。ポケマルはそうしたお客さんとのコミュニケーションツールです

 生産地の阿蘇山麓は、豊富な地下水の宝庫。環境ツアーなどを行って水の大切さを子どもたちに伝えるのも、農家の仕事だと考えている。

トマト農園Soilの荒木昌造さん

 ポケマルでは、他の地域でもそうした「生産現場訪問」がすでに商品として売りに出されている。広報の東樹さんは言う。

「そのほか生産者さんがZoomでキムチの作り方を教える講習会など、いろんなトライを始められています。今年行ったアンケートでは、ポケマルを利用する理由として『消費者と直接コミュニケーションがとれる』が最も多いんです

 出品ページには、おびただしい数の「ごちそうさま」投稿や応援コメントが入る。ファンになったお客さんが「おはよう」「いってらっしゃい」と声をかけることがあったり、生産者も「今日はこんな作業をします」と状況報告をしたり。メルカリよりFacebookやTwitterなどのSNSに近い

 お客さんが誰とやり取りしているかわからない状況をつくりたくないため、八百屋や卸などの流通業者や人数の多い農協・漁協など、生産者の顔が見えない団体は出品者として登録できない(注)

 しかし、これまで生産だけをやってきた農家が販売までとなれば、守備範囲が増える。うまく売る人とそうでない人の差ができるのではないか。

「ポケマルでもセミナーを行うなど積極的にサポートをしています。ただ何よりお客さんが先生になります。お客さんとやり取りする中で販売の仕方が徐々に上手になっていく。もう少し少量で出品してほしいとか、おすそ分けしたいといったニーズに合わせて商品をつくったり」

注:人数の少ない農協や漁協、任意団体は現在例外的に認めている。また加工品なども生産者自身の産品を主原料として製造している商品に限ってOKとしている。

災害リスクに備えるための、直販力

 こうした直販力がとくに強さを発揮したのが災害時だった。緊急事態宣言下の5月、ポケマルの売上は「魚介」部門がダントツ1位に。応援消費が増えたことが一因だという。東樹さんはこう話す。

「この時期、旅館や飲食店でお客さんが減って魚が余っているという報告が次々に漁師さんから上がってきたんです。助けてほしいと消費者に呼びかけたところ、一気に売れていきました。皆さん普段外食で食べているような美味しい魚を家で食べたいという潜在的な気持ちがあったことと、自分で捌いてみようとトライする時間的な余裕があったことも後押ししたと思います」

 前出の川部養魚場は、コロナ禍に加えて7月8日、九州豪雨にみまわれた。魚は大半が奇跡的に生き残ったが、施設の多くが被害を被った。この時もポケマルは災害にあった生産者を集中的に特集し、被災した生産者を後押しした。

被害を受けた川部養魚場の様子

 47キャラバンで高橋さんはこうも話していた。

「自然には恵みをくれる自然と、人に襲いかかる自然の両面があります。これからも災害は起こるし、誰もそのリスクからは逃れられない。

 今後大事なのは、それをどう受容していくか。くらった時に、どう備えるかだと思うんです。その1つに“直販力”があります。直販する力をもつ生産者は、復興する力が強い。なぜなら、お客さんから顔と人間が見えているからです

 東日本大震災の時、岩手県大船渡市の綾里漁協は、小さな漁村ながら、他のエリアに比べて復興が早かった。それは直販のおかげだったという。

「漁師たちがお客さんたちに直接売っていて、年に一度は東京まで行ってお客さんと一緒に酒飲んでたんです。その漁師さんらが被災した。あのおいしいホタテを届けてくれる佐々木さんがやられたとなると、お客さんにとっても他人事じゃない。顔も名前も思い浮かぶし、人間だから助けたいと思う。それで、会社や近所の人たちに呼びかけて募金が一気に集まって。国や県の支援を待たずして自力で港を復旧して漁業を再開できたんです」

「食べる通信」のサイトより(撮影:玉利康延)

ポケマルは、生産者の消費者の関係づくりの先に何を見据えているのか?

 ポケマルで醸成された関係を、リアルの世界にも反映させていきたい。その糸口として、売り場をリアルへ広げようと、8月には8.5億円の資金調達を行った。10月には千葉などでリアルマルシェを開催予定。さらに、「ポケマルスタンド」と称して、飲食店の中で生産者の野菜等を販売するサービスも始める。飲食店が八百屋機能を担うというもので、すでに広尾や南大塚で始まっている。

 高橋さんの思う生産者と消費者の関係には、もう一歩先に大きな目的がある。

「今僕らは地球の裏側から運ばれたものを、スーパーで安く買っています。1キロカロリー摂取するために、10キロカロリーのエネルギーを消費するフードシステムにのっていると言われていて、それが温室効果ガス総排出量の21~37%を生み出している。つまり今の地球の状況は、僕らの食い方に問題があるってことなんですよ。
 ポケマルを始めて、食べものを捨てられなくなったという人がいました。なぜか。人間がつくるものだってわかるからです。消費者と生産者の関係ができれば、食べものの価値もわかる
 その関係性をつくリ直したい。
 自然と人間は切り離せないってことをもっとも説得力もって伝えられるのは生産者だから。環境の悲鳴を一番知っているのは、農家や漁師のはずなんです」

屋外で開催された「REIWA47キャラバン」栃木で話す高橋さん