2020年7月21日、『ダイヤモンドクォータリー』誌は、ウェブセミナー「成功するDX、失敗するDX」を開催した。基調講演には、一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏が登壇し、「DXからMXへ:デジタルを駆使した経営改革」というテーマについてプレゼンテーションを行った。基調講演に続いて、アビームコンサルティング執行役員・プリンシパルの宮丸正人氏、ならびにDomoエバンジェリスト兼リードコンサルタントの守安孝多郎氏のレクチャー、そして最後は味の素代表取締役・副社長執行役員の福士博司氏と出光興産執行役員・デジタル変革室長の三枝幸夫氏を交えたパネルディスカッションが行われた。​

2050年に向けた新SDGs

DXからMXへ<br />デジタルを駆使した経営改革<br />TAKASHI NAWA 名和高司
一橋大学ビジネススクール客員教授
東京大学法学部卒業後、ハーバード・ビジネス・スクールにてMBA(経営学修士)、ならびに優秀成績者に授与されるベーカースカラーを取得。三菱商事を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。自動車・製造業分野におけるアジア地域ヘッド、ハイテク・通信分野における日本支社ヘッドを歴任。同社ディレクターを経て、2010年より現職。同年から2016年までは、ボストンコンサルティンググループのシニアアドバイザー、現在はファーストリテイリング、味の素、SOMPOホールディングス、NECキャピタルソリューションの社外取締役を兼ねる。主な著書に『ハーバードの挑戦』(プレジデント社、1991年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社、2010年)、『日本企業をグローバル勝者にする経営戦略の授業』(PHP研究所、2012年)、『「失われた20年の勝ち組企業」100社の成功法則』(PHP研究所、2013年)、『CSV経営戦略』(東洋経済新報社、2015年)、『成長企業の法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2016年)、『コンサルを超える問題解決と価値創造の全技法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社、2018年)、『経営改革大全』(日本経済新聞出版、2020年)が、また共著に『高業績メーカーは「サービス」を売る』(ダイヤモンド社、2001年)、『マッキンゼー戦略の進化』(ダイヤモンド社、2003年)がある。

 これから、「DXからMXへ」、つまり「デジタル・トランスフォーメーションからマネジメント・トランスフォーメーションへ」というテーマで、お話しします。

 まず、しつこく繰り返し申し上げているのですが、DXはデジタル化ではなく、デジタルを使った「変革」であることを、もう一度確認しておきたい。そして、その先には「経営改革」、つまりMXがあるというのが、私の主張です。

 順を追って説明していきますが、まず図表1「新SDGs:資本主義(capitalism)から「志本主義」(purposism)へ」を見てください。もちろん、国連が掲げる持続的開発目標ではありません。Sだけは同じサステナビリティ(Sustainability)ですが、Dはデジタル(Digital)、Gはグローバルズ(Globals)です。

 サステナビリティについては、国連のSDGsには17のゴールが示されていますが、実は、18番目があるのはご存じでしょうか。それは「白紙」、つまり何を掲げてもよいことになっているのです。17項目が“規定演技”とすれば、18番目は“自由演技”です。

 今後、個々の企業には、この18番目に何を掲げるのかが問われることでしょう。なぜなら、国連のSDGsは2030年までで、あと10年の話なのです。では、2030年の後はどうするのか。もう一度、国連の指針を待つのか。いえ、もっと能動的に行動しなければいけません。18番目はその試金石です。私は、少なくとも30年先の2050年までを視野に入れて考えるべきだと思っています。2050年には世界の人口が今の70億人から100億人となり、いままで通りの成長を続けていると地球が破綻してしまうからです。

 サステナビリティに取り組むとは、企業活動を通じて社会課題を解決する――ハーバード大学のマーク・クレイマーとマイケル・ポーターが言うところのCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)です――という、かつては二律背反と考えられていたことを実践しなければならないわけですが、本気でやるとなれば、相応のコストがかかります。

 そこで、デジタルの出番です。サステナビリティはビジネスモデル改革や働き方改革とも密接に関係していますから、やはりデジタルを使いこなせないと話になりません。その時間軸は、2045年が一つの分水嶺ではないでしょうか。AIが人間の頭脳を超えるといわれる「シンギュラリティ」は2045年に訪れるといわれており――一部にはもっと早いという説もありますが――いずれにしても一つの目安にはなるでしょう。

 3つ目がグローバルズです。かつて世界はボーダーレス化していくといわれましたが、現実にはそう単純ではなく、むしろ「ボーダーフル」です。事実、世界は多極化が進んでいます。とはいえ、競争はグローバルであり、おいそれとビジネスやサプライチェーンを縮小させるわけにはいきません。したがって、世界の各市場を狙って、この多極化・分断した状況をもう一度つなげなければならない。これも大きな挑戦です。

 ここでも時間軸を示しておくと、私は2049年としました。この年は、現在の中華人民共和国が建国されて100周年を迎えます。習近平政権は、それまでにアメリカを抜いて世界一になるという野望を抱いています。ですから、今後米中間での覇権争いによってさまざまなコンフリクトが生じるのは必至で、世界の秩序は変容していくはずです。

 図表1の最後の説明になりますが、これら3つの円が重なる真ん中が、最近流行語にもなっている「パーパス」(Purpose)です。Purposeというと「目的」と訳されがちですが、その本質を鑑みるに、私は「志」という語彙を選びました。これら新SDGと中央のパーパスは、私が提唱する「志本主義」(Purposism)の骨格です。

 ここに、今回のコロナショックという変数が絡んできます。これによって、以上の新SDGsは加速していくことが予想されます。特にサステナビリティはいままでにないほど真剣に考えられるはずです。

 また、“Digitalize or die”といわれてきたデジタルについては、マイクロソフトCEOのサティア・ナデラによれば、今回のパンデミックによって10倍速で進み始めているそうです。グローバルズは、皆さんが日々メディアを通じて見聞きしている通り、世界はまとまるのではなく、むしろ分断に進んでいます。ですが、振り子と同じで、いずれ逆進していくでしょう。

 先日、日本電産会長の永守重信さんと対談したのですが、日本電産は中期計画をつくりません。その代わり、30年先、50年先の絵を描いています。同時に、時には朝令暮改もいとわず、臨機応変で現実に対応していく、という厳しい経営を実践しています。これからは、こういう経営がニューノーマルなのかもしれません。