インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏「著者の知識が圧倒的」独立研究者の山口周氏「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

「生産性の低い人は生きていていいのか」という問いが、根本的に間違っている理由

[質問]
自分はとっとと死ななければいけないという義務感のようなものに囚われています

 死にたいとは思わないのですが、生まれてこの方医療と福祉のお世話になり社会的になんの生産性もなくただ生きているだけのお荷物である自分はとっとと死ななければいけないという義務感のようなものに囚われています。けれども死ぬ勇気もなく、ただダラダラと生き延びてしまっています。どうすればもっと生きやすくなるかヒントとなるものを教えてください。

「生産性が低い人」という概念そのものが間違っています

[読書猿の解答]
 ご質問を拝読して激しい怒りを覚えました。いかに人間が度し難い生き物だといえ、生産性なんかでその価値を決められてよい訳がない。そして、あなたが生きていられない社会は、私たちが望む社会ではありません。

 そもそも生産性は、分業や道具の使用で上がることから分かるように、個人の属性ではありません。生産性の低い人がいるのでなく、その人を生産性が低い形でしか生かせない組み合わせ=職場や社会の在り方があるだけです。

 また一方、現代社会で福祉・医療を提供する社会保障制度の受益者はまず第一に社会そのものです。失敗や偶然による不幸や困難に対する将来への準備を個人任せにするよりも、社会単位でカバーした方が確率的に考えて効率的であり、将来の不安のために費やされる分を回せて社会を豊かにすることができる訳です。

 社会保障というシステムは、近視眼的で僻みっぽいヒトという生き物が、複雑で巨大な社会を維持し、自分たちの生きる世界をいくらかでもましなものにするために長年かけてたどり着いた知の精華のひとつです。なので理屈で考えないとその意義は理解できません。

 ヒトという生き物が進化の過程で獲得した感情や直観は、我々の先祖が生きたせいぜい百数十人程度の小集団環境に適応したものだからです。

 たとえばひがみ根性やゼロサムヒューリスティックという認知バイアスは、小集団を維持するのに必要な裏切者を察知するために進化したメカニズムから派生するもので、進化適応環境の下で進化した人間の仕様の一部であり、強力です。

 しかし今や我々は身内だけで自給自足できる社会に生きていません。信じるものも話す言葉も異なる数多くの人との直接間接のつながりなしには生きられない世界に我々はいます。だからこそ、小集団での日常生活を越えた仕組みが必要であり、そうした仕組みを考える時には、直観や感情ではなく、理性を用いて知識と論理を使って考える必要があります

 繰り返しますが医療や福祉サービスを提供する社会保障制度は、直接には病気や貧困その他に苦しむ個人を助けるように見えて、実際は社会を守り維持するために存在します。その運用を最前線で抑制する、あるいはあなたに「生きていていいのか」と思わせる考えや主張を、私は「社会の敵」であると断言します。