自らの力で社会を変えたい――そんな情熱や使命感を抱いて挑戦する若きリーダーたちは、どのように育ってきて、どんな原体験を持つのか。今回は、大学在学中の介護現場でのアルバイトをきっかけに、卒業後すぐに介護関連事業で起業したBlanket代表の秋本可愛さん。地方の愛情あふれる家庭で育った快活な高校生の進路は、東京の大学で“起業”という選択肢に触れ、大きく変わりました。(聞き手/ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

大学1年の終わりに気付いた
「何しにここへ来たんだっけ」

――山口県光市の出身です。どんな家庭で育ちましたか。

秋本可愛・Blanket代表
少し気恥ずかしかった名前。自分なりに漢字に意味を込めた途端、大好きになった Photo by Masato Kato 拡大画像表示

 3人きょうだいの一番上で、二つ下に弟、五つ下に妹がいます。父は経営者で、おじいちゃんが立ち上げた“車屋さん”の2代目です。いろんなメーカーの車の販売も修理もする車屋さんで、従業員は50人くらいかな。家から徒歩5分くらいの所に会社があったので、よく遊びに行っていました。

 何台売れたかが分かるようになっていて面白かったし、洗車を手伝ってお小遣いをもらったこともあります。田舎なので地域のつながりが強くて、JC(青年会議所)の家族会に連れていってもらったりして、地域の経営者の方にもかわいがってもらいました。

――幼い頃の夢は何でしたか。

 当時、モーニング娘。の全盛期で、歌手になりたかったです。それ以前から、温泉旅館の大広間にあるような舞台の上で演歌を歌ったりして、人前で何かを披露するのが好きだったんです。