インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏「著者の知識が圧倒的」独立研究者の山口周氏「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

9割の人が知らない「無自覚に相手をコントロールしてくる人」に対抗する方法Photo: Adobe Stock

[質問]
親に公務員になれ、さもなくば来年度は一切の経済援助をしないと突然言われました。

 4月に大学4年になる者です。首都圏の大学に通っています。民間企業への就職を考えて就活していたのですが、親に公務員になれ、さもなくば来年度は一切の経済援助をしないと突然言われました。大卒資格を失うのは想定外だったので、話し合って公務員になることに従うと伝えました。

 しかし、諦めきれなかった自分が悪いのですが、民間就職はどうしても駄目かと最終確認をしたところ、激昂して「4月から大学を辞めて帰ってこい、今まで借りていた借金(学資ローンのようですが詳細を教えてくれません)を働いて返せ」と言われました。大学の就職課にも相談しましたが、同情されただけでした。期限まであと1ヵ月もありません。自分の望みは大卒で首都圏で民間就職することです。親と和解することはできないのでしょうか?今までの出来事から、親が恐ろしくて逆らいたくない自分もいます。

マインドコントローラーに人生を譲り渡してはいけない

[読書猿の解答]
 まず落ち着いてください。それは、無茶を押し付けパニックに陥らせて視野と選択肢を狭めて言うことを聞かせるいつもの手口です。どうか冷静に、呼吸は深く、視野は広く。

 あなたの敗因は、そういうやり口が常套手段になっている(味を占めた)相手に、わざわざこちらから本心をさらけ出した上に許しを得ようとしたこと、相手に決定権を移譲したことです。

 この手口を使う無自覚なマインドコントローラーは世の中に少なからずいて、この手口に弱い人を見つけるのが得意です。というより、フラットな人間関係を結ぶやり方を知らないのでまともな人には相手にされず、この手のやり方に弱い犠牲者候補しか周りに残らないのです。

 つまり今回、親御さんの圧迫をやり過ごせても、この先、あなたは同種の手口を仕掛けてくる人間に繰り返し出会うことになります。対策を身につけておかないと、人生を繰り返し譲り渡す羽目に陥ります。事は、この一、二年を棒に振るだけで済みません。

 あなたは近い将来社会に出ることになるので、あえて申し上げますが、あなたの問題を丸抱えして解決してくれる人はいません。そうした振りをしてあなたに近づく人は皆、あなたの視野と選択肢を狭めるやり方を使って来るでしょう。

 他人に解決を丸投げするのでなく、他人から得られる部分的な援助を複数集めて、自分なりに束ねて解決を目指す(無論その責任は自分が負う)ことができる人のことを、大人と呼びます。

 戦略は明確です。パニックに陥れ選択肢を奪おうとしてくるのだから、冷静さを取り戻し、知識をつけ味方と選択肢を増やすこと。授業料と残り1年の大学生活を取り上げようとしてくるなら、できる限りの資金と時間を引き出すことが大方針になります。

 まずは情報と味方集めです。大学の学費については学生課(かそれに当たる部署)が学費の分割納付や納付延期を取り扱っているはずです。それらがどこまでできるか確認します。ゼミに属しているなら、その担当教官にも今回の質問内容を相談して、援助を求めましょう。奨学金や学生ローンについて調べるのは言うまでもありません。

 使う使わないは別にして、使えるカードをできるだけ集めるために自ら動くことは、あなたの視野を広げ、経験値を上げます。

 さらにカードをあつめ、選択肢を広げることは、BATNA(Best Alternative To a Negotiated Agreement:交渉が決裂した場合に選べる選択肢のうちで最善のもの、「不調時対策案」などと訳されます)の価値を高めます。BATNAの価値をRV(Reservation Value、留保価値)といい、RVはどんな条件なら交渉に留まる価値があるのか、言い換えれば交渉を撤退する基準となります。

 簡単な例で言えば、よその店で1万円で買えるという選択肢(BATNA)があれば、1万円以上の値付けなら「よその店で買います」と撤退すればよい訳です。あなたの場合であれば、親と決裂したとしても、いろんな制度や援助をつなぎ合わせて、なんとかあと一年間大学に通えるだけのカードが揃えば、交渉の様子は一変します。そこまでカードが揃わなくても、カードを集めた分だけ選択肢は広がり、交渉の余地が生まれます。

 BATNAについて考え、そのRVを見極めておくことは、交渉にあたるあなたの精神に余裕を与え、パニック防止にもなります。逆にBATNAなしに交渉に挑むことは、RVがゼロのままで交渉することですから撤退ラインがなく、どこまでも相手に押し込まれる/相手の言いなりになるしかないわけです。

 交渉相手からすれば、視野と選択肢を狭めることができれば、それだけ交渉を自分の思い通りにできることになります。

 ご質問を拝見するに正直に申し上げて、今のあなたでは、親とやり合って条件交渉を行い、部分的にでも勝ちを得るのは難しいかもしれません。しかし短期間に急成長できる年齢でもあり、状況でもあります。

 Stand and fight. 健闘を祈ります。