「なんで、いま、みんな日本学術会議に関心を持っているの?」――。日本学術会議の問題について10月5日、自分は同会議とは「関係ない」とツイッターで投稿し、批判を浴びて炎上した社会学者の西田亮介・東京工業大学准教授。政府による6人の学者の任命拒否自体は問題としながらも、政府が主導した過去20年の“大学改革”の方がはるかに学問の自由に深刻な影響を与えていると訴える。西田氏に話を聞いた。(ダイヤモンド編集部 岡田 悟)
政府の任命拒否自体は全く好ましくないが
学問の自由を巡る議論が生み出す問題は
――日本学術会議のメンバーに推薦された6人の任命を首相官邸が拒否し、かつその理由を説明していないという行為自体については、どのように考えておられますか?
研究者や、表現活動をしているアーティストを含めた存在に対し、従来のやり方を変えてプレッシャーをかけることを意図したものであり、全く好ましいものとは思いません。このことは言うまでもありません。
日本学術会議法の趣旨に照らせば、政府が学術会議に対してそのあり方を変えたいと望むなら、学界のコミュニティーに対して要望を出すなどして、自律的な改革を促すことが、成熟した自由民主主義社会のあり方でしょう。
では、自律的な学問のあり方とは何でしょうか?今回の政府の任命拒否を巡って、一部の学者から「学問の自由の死につながる」といった政府への批判があります。
ですが私は、「学問の自由」が生きるか死ぬか、では語りきれない問題だと考えています。それどころか、そのような二項対立で捉えること自体が、実体の維持や改善に対する関心から政治や多くの人を遠ざけてしまっているとすら考えています。
――どういうことでしょうか。