こうした九州農政局の要求に対し、熊本県は「国が責任を持ってやるべきで、県としては新たに負担しません」(熊本県国営事業対策室)と明言している。切迫した水事情を抱える大分県側とは異なる姿勢を示している。

 水漏れしている大蘇ダムは、それでも計画の半分ほどの水の供給力があるという。それで2009年度から一部で水利用を開始している。熊本県側は「この範囲内の水利用で止むを得ない。追加負担してまで(ダムの水利用を増やす)とは考えていない」(国営事業対策室)と語る。つまりは、熊本県側の受益地は水が足りているということだ。時の経過とともに、状況が大きく変わったからだ。

「地元にはまともな情報が入らなかった」
これほどお粗末な公共事業が生まれた理由

 それにしてもなぜ、これほどお粗末なダム事業が生まれてしまったのか。そもそもは、水を貯めるには不適なところを建設地としてしまったことにある。ではなぜ、火山灰土壌の特質を考慮しなかったのか。大蘇ダムの大泉所長に問いかけると、「それは昔の人に聞いてほしい」と顔を歪めてしまった。

 一方、地元の荻柏原土地改良区の山村事務局長は、「国の事業は国のぺースで進められ、地元への丁寧な説明がないまま上意下達で行なわれた。地元に(ダム建設に関する諸々の)情報が何も入らず、チェックも入らなかった」と、解説する。

 地域の水利用といった公共事業は、国主導ではなく地域主導で行なうべきではないか。また、国交省や農水省といった行政の縦割りで実施するのではなく、地域全体の水利用(上水や農業用水、工業用水)をどうやって組み立てるかという視点で行なうべきではないか。水は行政区域や担当部署など関係なく、流れているからだ。

 また、河川は県境をまたぐものも多い。合理的な水利用を進めるには、広域的に調整することも必要だ。個々のダムで水利用を考えるのではなく、地域内のダム全体で水利用を調整するのである。

 都道府県単位で考えるのではなく、より広域で対処すべきだ。道州制の導入である。水漏れ欠陥ダムの出現は、日本社会の制度疲労によるものに思えてならない。コンクリートで水漏れを防ぐだけでは、根本的な解決策にならないのではないか。日本の行政システム全体をつくりかえるべきではないか。