前回、天然痘のワクチンが生み出されるまでを振り返りました。天然痘のワクチンはワクシニアと呼ばれる、天然痘に似た「生きたウイルス」から作られています。他の多くのワクチンのように、弱毒化したり死んだウイルスではありません。その後、さまざまな種類のワクチンがうみだされてきましたので、それらを整理していきましょう。

天然痘の生ワクチンに続いて次々と開発されてきたワクチンの種類とは?右肩に、天然痘の予防接種を受けた幼児(1968年、出典:米CDC)

天然痘のワクチンは、接種により発疹や発熱、頭や体の痛みなどの軽度の症状を経験することはありますが、ワクシニアウイルスの害は少なく、健康な免疫システムをもつほとんどの人にとって効果的で安全です。また、ワクチンには天然痘ウイルスは含まれておらず、天然痘が発症することはありません。

ただし免疫の低下している人では、ワクシニアウイルスによる深刻な合併症が起こる可能性があります。また、生きたウイルスですから、ワクチンの接種部位に触れてから、体の他の部分や他人に触れてワクシニアウイルスを広げる可能性があります(※1)。

世界保健機関(WHO)は世界的な天然痘に対するワクチン接種のキャンペーンに成功し、1980年に根絶を宣言しました。今は一般に接種することはありません。天然痘のワクチンの成功は、他の感染症の多くのワクチンの開発につながりました。

日々の感染の不安から解放を導いたワクチン

天然痘の生ワクチンに続いて次々と開発されてきたワクチンの種類とは?大西睦子(おおにし・むつこ)
内科医師
米ボストン在住、医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月から2013年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員。著書に、「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側」(ダイヤモンド社)、「『カロリーゼロ』はかえって太る!」(講談社+α新 書)、「健康でいたければ『それ』は食べるな」(朝日新聞出版)。

引退した社会科学者マーゴット・スミス博士は「バークレーウェルネス(Berkeley Wellness)」に、1930年代の子どものころ「学校の遊び場の向かいのアパートに住んでいて、近所の友達と夕暮れまで遊んでいた。私は安全だと感じていたが、両親は伝染病を恐れていた」と語ります。

そして「小学1年生から中学2年生のとき、同級生は猩紅(しょうこう)熱、おたふく風邪、はしか、風疹、水ぼうそう、百日咳に苦しみ、子どもたちはたくさん学校を欠席しました」「生き残った大人で、おたふく風邪で不妊の男性、ポリオ(小児麻痺)で腕の筋肉が麻痺している女性、水ぼうそうのあとがある人、はしかのために耳が聞こえなくなった人、結核療養所で3年間を過ごした男性、妊娠中に風疹にかかり精神遅滞の子どもをもつ女性を知っていました」と言います(※2)。

グローバル製薬メーカー、ノバルティス社のリーノ・ラプオリ博士らは、米科学アカデミー紀要(PNAS)で「1900年の米国人の平均寿命は47.3歳だった。肺炎、インフルエンザ、結核、ジフテリア、天然痘、百日咳、はしか、腸チフスなどの伝染病が、当時の死亡の主因である。ワクチンは、公衆衛生の改善と抗生物質とともに、たくさんの感染症による死亡を防ぐために重要な役割を果たしてきた。今日の平均寿命は78.7歳であり、心臓病、脳卒中やがんなど感染症以外の病気が主な死因だ」と述べています(※3)。

CDCは、「米国人の平均寿命は、20世紀に30年以上も延びた。そのうちの25年間は公衆衛生の向上による、中でもワクチンが、公衆衛生対策の最大の成果の一つである」と高唱します。

オックスフォード大学を拠点とする「Our World in Data (OWID)」によると、1900年の日本人の平均寿命は38.6歳。今日の日本人の平均寿命(2019年女性87.45歳、男性81.41歳)が延びたことにも、ワクチンが大きく貢献をしています(※4)。

天然痘の生ワクチンに続き、以下のようなワクチンがつぎつぎと開発されました(※5)。

◆弱毒生ワクチン
病気のもとになるウイルスや細菌などを「病原体」といいます。「生きた病原体」というと恐ろしく感じるかもしれませんが、病原体を弱めたものを接種してウィルスが体内で増殖するのに対し免疫反応を引き起こすのが「弱毒生ワクチン」です。安全で効果的なワクチンをつくる標準的な方法です。

弱毒生ワクチンは自然の感染に最も近いので、強い免疫反応が起こります。そのため、弱毒生ワクチンは、1回または2回投与すれば、生涯にわたり免疫が続く可能性があります。例えば、はしか・おたふく風邪・風疹生3種混合ワクチンと水痘ワクチンなどがあります。

ただし、移植を受けた人やがん治療を受けている人など、免疫力が低下している人は、弱毒生ワクチンを接種できません。また、弱体化した病原体を保存するために、冷蔵保管する必要があります。冷蔵庫へのアクセスが制限されている国では使用できません。従来の弱毒生ワクチンは、突然変異によって病原性が弱くなった病原体を選んで、培養を何世代も繰り返してワクチンを作りますので、大変な手間と時間がかかります。

◆不活化ワクチン
ウイルスや細菌の免疫をつくるために、病原体全てを使う必要はありません。不活化ワクチンは、病原体を殺して体内で増えないようにしてから、死骸から必要な部分だけを取り、免疫反応を引き起こします。安全性は高いものの、免疫を維持するために、何回か追加の接種が必要になる場合があります。例としては、ポリオ、A型肝炎、狂犬病、インフルエンザなど。

◆トキソイドワクチン
細菌が作る毒素が病気を引き起こす場合、毒素を取り出し、毒性を弱めてワクチンを作ります。弱まった毒素をトキソイドと呼びます。不活化ワクチンと同じく、免疫をつけるために、何回か接種が必要です。例えば、ジフテリア、破傷風のワクチンがあります。

◆結合型ワクチン
結合型ワクチンは、多糖類という糖のようなカプセルで外側がおおわれた抗原をもつ細菌と戦います。カプセルにより抗原が偽装するので、免疫が認識して応答しにくくなります。結合型ワクチンは、多糖類を抗原に結合して、強力な免疫反応を起こすのを助けます。例は、インフルエンザ菌B型(Hib)ワクチンです(※6)

◆サブユニットワクチン
サブユニットワクチンは、免疫をもつために必要な抗原だけを使います。病原体に感染するリスクはないので、免疫力が低下している人や長期的な健康上の問題がある人など、ほとんどすべての人に安全に使用できます。抗原だけでは十分な長期免疫を誘導するのに十分ではないため、ワクチンの効果を高めるために、アジュバントと呼ばれる物質を使う必要があります。DTaPワクチンの百日咳はサブユニットワクチンの一例です。

今日、臨床で使用されているワクチンの多くは、これらのカテゴリーに分類されます。