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この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

心が強い人は「面接で緊張する自分」を他人のように扱うPhoto: Adobe Stock

[質問]
面接や試験で頭が真っ白になってしまいます

 現在大学3年生の者です。
 就活対策として模擬面接を受ける機会があったのですが、質問に殆ど何も答えられず、ほぼ無言のまま制限時間が過ぎ、涙が止まらなくなり途中退出になりました。昔から試験などの場に来ると、極度に緊張して息苦しく、また頭が真っ白になってしまうのです。しかし面接は就活には避けては通れぬものであり、なんとか受け答えが出来る様にしなければなりません。その為にどの様なトレーニングをするべきでしょうか。

まず「あなたの能力の問題ではない」と知ってください

[読書猿の解答]
 あなたが模擬面接で失態を演じたのは何か能力が足りないからではありません。コントロールできないものをコントロールしようとして短時間で失敗を積み重ねた結果、パニックに陥ったからです。

 緊張感から来る生理反応(息苦しさ、赤面など)は基本的にコントロールできません。心に自然に浮かぶネガティブな考えもそうです。そして相手の反応も(直接には)コントロールできません。あなたがどれだけ素晴らしい受け答えをしようと、相手はそれに応じるとは限らないからです。

 しかしコミュニケーションが苦手な人はしばしば、コミュニケーションの失敗の原因を自分に求めます。これが最大の敗因です。責任を自分に帰属させた上に、コントロールできないものをコントロールしようとすると、自己注意が増大して、以下のような悪循環に陥ります。

 手を震えを抑え込もうとすると筋肉が緊張して余計に震えが続く悪循環と似て、〈そうありたくない今の状況〉をなんとかしようとして自己注意が強まると、自分の至らない部分にますます意識がいくことになります。さらに自己注意に回る分、相手や相手の言葉を理解するのに割くことができる注意がそれだけ減じて、相手の言葉や反応を理解しにくくなり、失敗の確率が余計に高くなります。

 「失敗してはいけない」→「変なことしていないか?」→自己注意の増大→相手に対する注意の減少→相手の期待から外れた行動→相手の反応→「今、失敗したのでは?」→「なんとか建て直さなくちゃ」→自己注意の増大→相手に対する注意の減少→……(以下、悪循環がつづく)

 悪循環であることを捕まえられれば、あとはループにどこに介入するかよりどりみどりですが、3つほど例をあげてみましょう。

悪循環のループを取り去る3つの方法

1.緊張を受け入れる
 緊張したときリラックスする手段はいろいろありますが、どれを使うにしろ「自分は緊張している」ことを認められないと使えません。そこで認められず、あるべき状態と現状との間で葛藤が生じると、他に振り向けるべき認知資源がそこで消費されてしまいます。

 甚大な被害をもたらすのは、緊張そのものではなく、緊張に対する間違った対処と、それを引き金にして生まれる悪循環です。「間違った」とここで書いたのは、その対処が悪循環を通じてますます緊張を高めてしまうからであり、緊張それ自体よりもひどい状態(二次被害)を招いてしまうからでもあります。

 水に落ちた人が何とかしようと慌てて手足を激しく動かすと、体力を消耗するだけでなく、余計に体が沈み、ますます慌てて(パニックに陥り)手足を動かし……(以下繰り返し)という悪循環に陥ります。この場合はむしろ体の力を抜いて、自然に体が浮くのを待った方がいい。しかしパニックになると力を抜くことは難しい。多くの生き物は危険を感じると逃げるために筋肉を動かすようにできていますので、次善の策として両腕で膝を抱えこみ手足をロックして丸くなる方法があります。こうすればカは入っているが動きは減り、体は浮き上がります。

 緊張を感じたとき、「緊張したらダメだ!」と抵抗すると、ますます緊張し悪循環からパニックに陥ります。むしろ「ああ、緊張しちゃってるな」と認めた方が早く回復できます。

 悪循環に対する逆説的介入をする場合ならば、「わざと緊張してください」とすら言うところです。「いつもの緊張度が100だとすると、110〜120くらいを目指してください。130までは要りません」などと変な指示がはさまるかもしれません。この指示では「緊張する」ことが前提されているので、「緊張してしまった」原因を自分に求めることを挫折させます(緊張はあくまで指示されたものです)。さらにこの指示に従うことは高い確率で失敗します。指示に失敗すれば緊張が避けられたことになり、本来の願いが実現します。

 指示に成功すれば、それは緊張をコントロール下におけたことであり、これ以上のニ次被害を避けることができます。この逆説的指示は、水に落ちた人が、力を込めながらも両腕で膝を抱えて浮くことに対応しています。

 緊張をはじめ、コントロールできないものを受け容れつつ、翻弄されないためにできるトレーニングを紹介します。

 生理反応、自動思考、相手の反応などは皆、コントロールのできなさでは、空に浮かぶ雲に似ています。空に浮かぶ雲をコントロールしようとする人はいません。しかし雲を(少なくとも視界から)消すことはできなくはありません。ただ少しの間、待っていればよいのです。しかし自己注意が高まった人は、雲が動くのに合わせて自分の顔を雲の方に向け続ける人のようなものです。自ら追いかけているのですから消える訳がありません。

 視界の中を通り過ぎていくまで雲をただ眺めるように、緊張感や嫌な考えを「眺めて」みましょう。心の中にスクリーンをつくり、そこに緊張感や嫌な考えが写っているとイメージします。緊張感や嫌な考えは、そのままでは自分の中にあるもので、自分から切り離し難いものですが、スクリーンに投影することで少しだけ距離をおくことができます。それでも最初は引き込まれそうになるでしょう。そうしたら想像の中で一歩後ろに下がります。足りなければもう一歩、さらにもう一歩と後ろに下がっていきます。

 トレーニングでは、軽めの嫌なイメージからはじめて「一歩下がる」ことができたら、少しずつキツめのものに挑戦していきます。

2.注意を切り替える
 緊張から悪循環に陥ることを止めたとして、次に目指すべきは面接というコミュニケーションに振り向けることができるよう、注意という認知資源を解放することです。コミュニケーションが苦手な人は「失敗していないか?」「おかしなところはないか?」等と自分に多くの注意を注いでしまう結果、相手やコミュニケーションに注意をあまり振り向けることができません。その結果、本人にとって不本意ながら「他人の目」を大いに気にしているにも関わらず自己中心的な人に見られることさえあります。

 面接というフォーマルな場面では、もっぱら面接官の言葉と内容に注意を注げばよいので、日常会話よりも注意の配分はシンプルです。日常会話では、顔色や声の調子、これまでのやり取りや人間関係を併せて参照しないと、会話のコンテクストが分からず、話が理解できなくなりますが、面接はそんなことはありません。

 コンテクストをつくる、面接の場面設定にも参加者の役割分担にも、よく使われるフォーマットのようなものがあり、おかげで事前準備も模擬練習も可能です。

 注意を向ける対象や方向を変えることは、人によって得手不得手があります。理屈では(そして理性では)注意を切り替える必要を理解できても、「気になって仕方がない」ものから注意を引きはがし、別に向けることはやはり難しい。

 しかし、注意の切り替えはトレーニングできます。自然音を使ったアテンション・トレーニング(ATT)について、詳しくは後述の文献を参照していただきたいですが、概略をご説明すると、(1)生活環境の中で普段気にしていないバックグラウンドノイズの中から2種類の音をみつける。(2)2種類の音のうち、一定時間、片方の音に集中する。(3)さらに一定時間、もう片方の音に集中する。 (2)と(3)を数回繰り返す、というものです。

※注意訓練の文献:邦訳の有るものでは、エイドリアン・ウェルズ『メタ認知療法:うつと不安の新しいケースフォーミュレーション』の第4章をどうぞ。

3.文脈をかえる
 最後に、これまでとは違うアプローチをご説明します。先の2つよりは高度なので、今はできなくてもいいです。

 面接での緊張を、試験でのそれと同種のものと捉えておられることに着目すると、面接でのやり取りの中である種の「正解」を返答しなければならないと考えておられるのではないかと推察しました。

 これは少し違います。面接の第一の目的は(どれだけ優秀であっても)「この人とはとてもじゃないが一緒に働けない」という人を発見することです。

 面接は時間がかかる、とてもコストの高い方法です。ペーパーテストのように多くの人間に対して一斉に実施することもできず、複数の面接官をそろえればそれだけの人間を長時間拘束することにもなります。しかし採用の失敗はそれ以上の損失を会社に与えます。しかも会社に害をなすことが分かっても、簡単には辞めさせることはできません。ほぼすべての就職で面接という方法が用いられるのは、そのためです。

 この目的に照らして、面接官が最も気を付けなくてはならないのは、本当は〈害をなす人材〉なのにそうではないと見せかける偽装に長けた地雷応募者を見抜くことです。

 面接応募者の多くは自分をよく見せようとしますが、面接官が知りたいのはその偽装に隠れた部分です。なので偽装をはぎ取るために、揺さぶりをかける質問などの働きかけをします。一言で言うと、応募者は必ず失敗するように仕向けられます。失敗することは面接の欠くべからぬ要素です。

 こうした状況下で〈正解〉や〈自分をよく見せること〉に拘泥する戦略が悪手なのは理解されるでしょう。面接で目指すべきは〈うまく失敗する〉ことです。

 こちらの発言を否定されたり、答えにくい質問を投げつけられるなど、面接官がこちらを失敗するよう仕掛けてきたら、頭が真っ白になったふりをして〈甘い考え〉や〈本音〉を投げ返してやりましょう。「はっ」と気づいたふりをして「失礼しました!」と頭を下げておけばよいです。面接官は「しめしめ。偽装を剥いでやったぞ」と満足して深追いしてきません。うまくすれば、笑いが出て、場が和むところまでいくかもしれません。

 幸いにして、面接で求められるのは「正しさ」ではなく「好ましさ」です。

 これまでで一番長い解答になってしまいました。申し訳ありません。
 たくさん書いたので一つか2つでも、役に立つところがあればと願うばかりです。