『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が10万部を突破! 本書には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せ、ビジネスマンから大学生まで多くの人がSNSで勉強法を公開するなど、話題になっています。
この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
[質問]
コミュニケーションが苦手で改善したいのですが、メタコミュニケーションというのがいまいち分かりません。
読書猿さんのコミュニケーションへの言及などを色々読んでいて、要するにコミュニケーションの「正解」を探すのではなくその都度正解を自前で作り出せ、というようなことなのかなと思いました。
これは状況に応じた個別のテクニックを身につけるよりも、自分で状況そのものを作り出すメタ方法論の方が重要だ、というような話だと思うのですが、では具体的にどうすれば良いのか、という段になると途方に暮れてしまいます。
私は物事を具象的なレベルに落とし込まないとなかなか実感を持って理解できないところがあります。そのため「方法の方法」みたいな話になると頭が回らなくなってしまうのです。
あるいは、抽象的な原理を具象的なレベルに落とし込むのが苦手なのかもしれません。
たとえばコミュニケーションの原理を抽象化した概念として「互酬性」があると思います。
これ自体はよく理解できるのですが、では実際に人と話す時に互酬性をどう働かせれば良いのか、となると分からなくなってしまうのです。
トライ&エラーは実践していますし、それで得た気付きなどはあるのですが、元々コミュニケーションが苦手なのもあり、ただ続けるだけでは改善に途方もない時間がかかってしまいます。
こう言って良ければもっと「上手く」「効率的に」やれるようになりたいのですが(「効率的に」という発想自体がコミュニケーションとは真逆である気もしますが……)、そのためにはコミュニケーションのメタレベルを上手く扱えるようになる必要があるのかな、と思っています。
あるいは個別のメソッドの束をひたすら暗記して実践すればそこからもっと抽象的、普遍的な原理が見えてきたりするでしょうか?
コミュニケーションの「呪い」を解除しよう
[読書猿の回答]
コミュニケーションが苦手というご質問は本当にたくさんいただきます。いくつかお答えしてきて思うのですが、コミュニケーションというからには、自分と相手、少なくとも二人の人間がいるはずなのに、うまくいかない原因をみなさん自分に帰属させてしまわれます。何故なのか。
「なぜ」といいましたが、理由のひとつは心当たりがあります。広い意味で「教育」と呼ばれるコミュニケーションの結果です。権力の落差がある両者の間で「正解」が一方的に押し付けられるだけでなく、この権力行使を「これはコミュニケーションである」「うまくいかないのはお前のコミュニケーション能力の欠如のせいである」という、今行われているコミュニケーションをどう受け取るべきか、その解釈を押し付けるメタ・コミュニケーションが、その裏で行われています。
コミュニケーションをメタに考えるご利益の一つは、こうした病的なメタ・コミュニケーションに気づき、対象化・分析することで、その《呪い》を解除することにあります。
この《呪い》が解けると、「失敗」について自責の念に苦しむことも、コミュニケーションを怖がったり、その機会から逃げることも、減っていきます。
そうして、様々なうまくいったりいかなかったりするコミュニケーションを重ねることで、初対面のどんな人か分からない相手には誰だってコミュニケーションは取りづらいこと、それでも少なくない人がなんとかコミュニケーションを取ろうとしてくれること、そして双方が努力してもうまくいかないこともあり得ること等、コミュニケーションの「天国じゃないが地獄でもない」事実をなんとか受け入れることができるようになります。
コミュニケーションの「改善」が可能であるとしたら、それは(ごく初歩的なスキルやプロトコルを除けば)個人の「能力」として高められるようなものではなく、あなたとそれぞれの人との間に構築されていくものです。
最後に、もうひとつの問題を。抽象的なものから具象的なものへ、その逆に具象的なものから抽象的なものへと、移行する技術は確かにあらまほしきものです。これが無いと、どんな書物を読んでもよそ事・他人事で終わってしまい、役立てることもできなければ楽しむことも難しいでしょう。
抽象的な互酬性の原理を、雑談という具体的な場面に適用するにはどうすればいいか。互酬性の原理だけを眺めていても、思考は進みません。抽象→具象をやるには、具象→抽象、すなわち具象の方から抽象を迎えに来てあげることが必要です。
以前の記事だと、雑談を抽象化して、自己開示→スイッチ→ストロークという3つの要素に分けました。こうすることで、自分と相手のそれぞれの自己開示(自己開示ー自己開示)、それぞれのストローク(ストロークーストローク)、そしてお互いに自己開示とストロークという3つの組み合わせについて互酬性が働いていることを示すことができます。