『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が10万部を突破! 本書には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せ、ビジネスマンから大学生まで多くの人がSNSで勉強法を公開するなど、話題になっています。
この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
[質問]
入社した時よりお世話になっている同性の先輩との折り合いが悪いです
こんばんは。転職して半年ほど過ぎた社会人二年目の20代です。職場のことでアドバイスがいただきたいです。内容は人間関係と情報整理についてです。
入社した時よりお世話になっている同性の先輩との折り合いが悪いです。先輩は感情でお仕事をなさる部分が多く、理論で仕事がしたい私の客観的すぎるところが嫌いなようです。取引先から指名されるほど交渉が上手です。しかし、原因の所在に拘らず、自分の業務に支障が出ると不機嫌さを隠しもせず、ヒステリーを起こします。
また、言っていることがコロコロ変わるので、前回伺った時は正しかったやり方が次の時には怒鳴られることが度々あります。「以前伺った時にはこうでしたよね?」と言うと「仕事ができないのに口答えをするな」と油に火を注いでしまったので、それからは黙って聞くことにしています。
「分からないことがあったら聞いてくれ」といった直後に「そんなことも聞かないと分からないのか」と伸ばした手をはねのけられてきました。
上司は基本外回りで居ないので、会社にいる時に私が先輩に怒られている音声を遠くで聞いているレベルのことしか知らないです。私以外の人のミスだと先輩が気付かずに私を怒っているのも「私がまたいつものようにミスをした」という認識のようでした(面談でそのような趣旨の発言がありました)。
加えて、先輩お気に入りの私の同期が、私が初期に注意されたミスを未だにしていても毎回スルーしているなど、教え方に一貫性が見受けられません。
先輩は思いついたことをどんどん話すタイプなので、数日前のことをいきなり蒸し返されたり、一つのミスの話から全然関係のない別の時にしたミスの話に飛躍したり、前に教えてもらった以外の方法を語ったりするので、最終的に「どうすればミスが防げたのか・リカバーできたのか」がよくわかりません。
これらは私の主観に基づくものなので、実際に先輩がどう感じているのかわかりませんし、私に非がある部分ももちろんあると思います。当面の問題として、この理不尽さを感じている自分を少しでも和らげる方法はないでしょうか……?
そして(それをモチベーションにするのは良くないですが)、少しでも先輩に怒られずに業務を遂行するために、要約の練習をしたいのでおすすめの書籍等がありましたら、ご教示ください。
よろしくお願いします。
[読書猿の回答]
お尋ねになる問いが違います
問うべきは、言うことは思いつきによって/態度は相手によってころころ変わるのに、感情的で論理的でない先輩が仕事がソコソコできるのは何故か、だと思います。
仕事がソコソコできるからこそ、先輩は決して円満とは言えない人格でも何とか社会人をやっていけるのであり、だからこそ(他に適役がいなかったせいもあるかもしれませんが)上司はあなたの教育係を性格が良いとはいえない先輩に任せたのでしょう(先輩本人はその役割を喜んでいなかったとしても)。
では何故尋ねるべきは、先輩が仕事ができる理由なのか?
ご質問の先輩の発言にもあるように、現状あなたは仕事ができません。そして仕事ができるようになれば、苦手なタイプの人間を教育係として仰がなくてはならない困難の源は解消します。できないことをできるようになるためにはヒトは学ばなくてはなりませんが、手近にいるソコソコ仕事のできる先輩はあなたにとって貴重な学習資源です。
「仕事ができる人」として、先輩の行動を捉えてみる
ご質問を読む限り、あなたは「先輩が仕事ができる理由」を理解しておられないと感じます。
おそらく、あなたは先輩を学習資源として活用できていません。あなたが行う先輩の描写はとても仕事ができる人間には思えません。唯一分かるのは、先輩が交渉事がうまいことですが、その理由をあなたの描写から直接には拾い出すことができないのは、先輩の特性と交渉事のうまさを結び付ける理路をあなたが発見できていないからだと思います。
あなたが「先輩が仕事ができる理由」を理解していないことと、あなたが仕事がまだうまくできないこととは、実は同じ根を持つように思えます。
あなたは先輩がろくに/まともに仕事を説明してくれないと考えているかもしれませんが、先輩はあなたを仕事をやる/見ることから学べない勘の悪い人間だと思っているのではないでしょうか。
先輩についてあなたが質問の中に含めたネガティブな描写を裏返せば、いくらか理解に近づけるかもしれません。つまり、思いつきと相手によって、言うことと態度をころころ変えるからこそ、先輩は交渉事がうまいのかもしれません。
同じことを描写しなおせば、相手との距離感とカ関係(まとめると関係性)を敏感に感じ取り、臨機応変に態度と言い方を変えることができるからこそ、交渉事を上手に進められるのかもしれません。
もっとも、実行できることと説明(言語化)できることは別物です。ルーチンワークの手順を箇条書きすることはまだ簡単ですが(それでも苦手な人は少なくありません)、比較的変化しない相手の性格特性から、今までのコミュニケーション履歴や多数にいる関係者(アクター)との関係や影響、それらを包み込んでいるより大きな状況(コンテクスト)までを織り込んで、その場で即時的にどのように反応すべきか、あらゆるパターンを網羅的に理由込みで解説(言語化)できる人は多くないでしょう。
言語化が大変なので半ばキレ気味に「なんとなく」「直観で」「雰囲気で」「空気で」「理屈じゃない」などと言語化は回避され、かわりに「見て覚えろ」「なんで使えないお前をわざわざ同席させたと思ってるんだ」などと叱責されることもあるかもしれません。
先輩の「行動のルール」に気づくことが第一
言語化ができていなくても、先輩の対応がデタラメな思い付きで行われているとは考えにくいと思います。それだと万が一偶然うまくいくことはあり得ても、対人的に失敗を重ねるはずだと考えられるからです。
あなたからは見えない/理解できない先輩なりの行動のルールないし一貫性こそ、あなたが仕事ができるようになるヒントになりそうな気がします(それは多分、先輩とはタイプが正反対だと自認するあなたにとって苦手とするものでしょうから)。
そして少なくとも、先輩から見れば、先輩なりのルールに基づいて行動しているそのことに、あなたがまるで気付いていないことほど、苛立ちを覚え、教え甲斐がない奴だと感じることは他にないでしょうから。