当時、「日本人100万人が見た」がキャッチフレーズになった『キャッツ』の大成功で得た利益を、全部『オペラ座の怪人』に投資して、役者がバイトをする世界から役者に月給を払う会社へと様変わりさせていたのです。

日本のミュージカルのために
塩野七生、宮城谷昌光を紹介

 劇団四季というと、欧米のミュージカルをコピーしていると思われがちですが、世界で通用する日本オリジナルのミュージカルをつくるのが、浅利さんの本当の夢だったと思います。ですから、浅利さんが読んで気に入った作家がいると、紹介してほしいといわれます。

 まずは塩野七生さん。浅利さんが塩野さんにお願いしていたのは、ミュージカルの脚本としての織田信長でした。「世界で通用する日本の歴史的スターは、ノブナガだけ。それを書いてほしいのは塩野さんだけ」。塩野さんが帰国される度に何度もお願いしていました。

 次は、宮城谷昌光さん。どうしても会いたいと、浜名湖のご自宅まで車で押しかけました。理由は、ミラノのスカラ座で『トゥーランドット』の演出を浅利さんがすることになったからです。同じスカラ座で、かつて『蝶々夫人』を浅利さんが演出しました。お蝶夫人が自決するシーンは、白い着物の夫人が赤い扇を少しずつ開いていくという、能のような簡素な描写で絶賛を浴びました。

 今度のミュージカルは、西欧から見た元帝国(モンゴル帝国)が芝居になっているため、例によってキンキラキンの舞台です。もっと本当に東洋的な帝国を描きたいということで、中国歴史小説の宮城谷さんに会いたくなったようです。宮城谷さんからは、「中国の古代王朝、殷の国と日本は似ている。殷墟には鳥居のようなものがある……」など新しい知見を教えてもらい、ふんだんにそれを用いる演出をしたようです。