近年、ビデオ会議やオンライン面接など新たなコミュニケーション形式が登場し、それに応じた対話スキルの習得が急務になっている。とりわけ、話をじっくり聴いて相手のありのままの姿について理解するスキル「アクティブ・リスニング」のニーズが高まっている。
2012年にグーグルが立ち上げた労働改革プロジェクト、通称「プロジェクト・アリストテレス」でも、成功し続けるチームに共通する要因として「心理的安全性」を挙げており、心理的安全性を保つためにはまず、相手の話を傾聴する力「アクティブ・リスニング」のスキルを持ち合うことが必要になってくる。話や意見を互いに「聴き合う」特徴を持つチームのパフォーマンスは高いことがわかっており、指示や命令ばかりのトップダウン型上司より、聞き上手の上司のほうが評価も成果も、そして人気も上がるのだ。
そこで、シリコンバレーの中心でエリートたちが密かに学ぶ最強の生存戦略を説いた書籍『スタンフォード式生き抜く力』で、人生を生き抜くための重要な技法として「アクティブ・リスニング」を紹介したスタンフォード大学・オンラインハイスクールの星友啓校長と、ハーバード・ビジネス・レビューEIシリーズの『マインドフル・リスニング』 に序文を寄せた、「聴く」をサービスにする事業を展開するエール株式会社の取締役・篠田真貴子氏が「アクティブ・リスニング」をテーマに対談したダイヤモンド社「The Salon」のイベント内容をダイジェスト版としてお届けする。

なぜあの上司は人の話を聞けないのか?【「星友啓×篠田真貴子」対談前編】

「聴く」にまつわる4つの誤解

篠田真貴子(以下、篠田):今日の教育を受けていると、「聴く」は受動的な行為だと思い込んでしまいがちですが、「聴く」ことは本来アクティブで、能動性とエンゲージメントが求められるものですよね。

星友啓(以下、星):私も、アクティブ・リスニングにおいて一番強調すべきは、エンゲージメントだと考えています。米国の臨床心理学者カール・ロジャースは「聞き手がエンゲージしない限り、本当に聞けているか聞き手自身にもわからない」と言いました。静かに話を聞いただけで「相手の話がよくわかった」と思っていても、エンゲージメント抜きにして「なぜ理解できたとわかるの?」という話です。聞き手がパラフレーズやクエスチョンをして、話し手の反応を確認することで初めて、相手を理解できているかどうかがわかります。

篠田:ハーバード・ビジネス・レビューEIシリーズの『マインドフル・リスニング』の序文では、私がこれまで経験してきた「聴く」についての4つの誤解を紹介しました。

 1つ目は、「聴く」と「従う」は同義に捉えられがちだということです。2つ目は、「聴く」は受け身な行為だから対話のコントロールができないのではないか、という誤解。3つ目は、聴くことはある種の知的怠慢であり、話すことこそが知的に価値があるのだという誤解。最後は、「聴いてもらう」ことは自分のメンタルが弱っているときにのみ必要だ、という誤解です。

 よりパフォーマンスの高いビジネスパーソンになりたい、社会人としてよりよくありたいという自分の思考と「聴く」は逆行する、という誤解をしていたと思います。その点で、アクティブ・リスニングを身につけることは、社会人として、大人としてよりよく生きていくために、パワフルな影響力があると感じています。

会話に目標を設定すると冷静な自分でいられる

――人の話を聞くときには、聞き手側の心理状態も影響するように思いますが、自分の感情の起伏をどう扱えばいいのでしょうか?

なぜあの上司は人の話を聞けないのか?【「星友啓×篠田真貴子」対談前編】星 友啓(ほし・ともひろ)
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長 経営者、教育者、論理学者
1977年生まれ。スタンフォード大学哲学博士。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。教育テクノロジーとオンライン教育の世界的リーダーとして活躍。コロナ禍でリモート化が急務の世界の教育界で、のべ50ヵ国・2万人以上の教育者を支援。スタンフォード大学のリーダーの一員として、同大学のオンライン化も牽引した。スタンフォード大学哲学部で博士号取得後、講師を経て同大学内にオンラインハイスクールを立ち上げるプロジェクトに参加。オンラインにもかかわらず、同校を近年全米トップ10の常連に、2020年には全米の大学進学校1位にまで押し上げる。世界30ヵ国、全米48州から900人の天才児たちを集め、世界屈指の大学から選りすぐりの学術・教育のエキスパートが100人体制でサポート。設立15年目。反転授業を取り入れ、世界トップのクオリティ教育を実現させたことで、アメリカのみならず世界の教育界で大きな注目を集める。『スタンフォード式生き抜く力』が初の著書。
【著者公式サイト】(最新情報やブログを配信中)
https://tomohirohoshi.com/

:対話には人の感情がつきものです。悲しい話を聞くと悲しくなるのが人間の性ですし、つい相手に「その気持ちわかる」と言ってしまいがちです。

 その対処法としては、会話に向かうときに目標を設定しておくことが大切です。例えば、『スタンフォード式生き抜く力』で紹介した、アクティブ・リスニングで重要な4つのDO(今ビジネスマンに一番必要な「聞き取る力」!スタンフォード式「アクティブ・リスニング」で最も重要な4つの「DO」はコレ!を参照)をやる、もしくは4つのDON’T(スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長が明かす会話で絶対に避けるべき4つの「DON’T」はコレ!を参照)をやらないという具体的な目標です。「今回は相手が怒っているから『エンパシー』で対話に入っていこう」などという感じです。

 会話に目標を設定する癖をつけておくと、その目標を頭のなかに置きながら話すという行為が習慣化しますし、会話のなかで客観的な基準に立ち返れると、冷静な自分に戻れます。

篠田:前提として、必ずアクティブ・リスニングをしなければいけない、というわけではないことを念頭に置くのが大事だと思います。仲のいい友達との飲み会のときに実践したら不自然ですし、アクティブ・リスニングには適切な場面が存在することを理解しておくといいですね。

 その上で、話し手は必ず何か「ポジティブな意図」を持っていて、その意図に自分が関心を持つことを目標にして聴くように私は意識しています。一方で体調が悪いときや、自分自身が心配事で心の中がぐちゃぐちゃなときには上手に聴けないので、「無理しない」ことが大切です。そういう場合は「今日は自分の心配事があって、うまく聴けないかも」と相手に伝えられる関係性ができているといいですね。