読者の皆様、明けましておめでとうございます。ダイヤモンド社・書籍編集局の今野と申します。『東大卒、農家の右腕になる。』という本の舞台である栃木県は宇都宮「阿部梨園」を、『読みたいことを、書けばいい。』という本の著者である田中泰延さんが訪れた記録をお届けします。本は、「作って終わり」ではありませんでした。読んでくださる人のおかげで、作った人の思いで、別の物語につながることがあります。2021年の初めに、本を愛するすべての人へ、この記事を贈ります。(構成:編集部/今野良介)

2020年、秋。

僕は宇都宮へ向かった。

『東大卒、農家の右腕になる。』という本を読んで、どうしても会いたい人ができたのだ。

会いたい人は、著者の佐川友彦、そしてその佐川を「右腕」にした梨農家の阿部英生である。

この栃木紀行と寄稿は、写真日記みたいなもので、もしこれがダイヤモンドオンラインに掲載されていたら、それはたまたまの結果である。

佐川の本の紹介でも、阿部梨園の宣伝でも、便乗して自分の本の宣伝をしたいわけでもない。まったく自分からのお願いだったことをまず記しておきたい。ただ、会いたかったのだ。

会わせてくれるのは、ダイヤモンド社の今野良介である。彼は2019年に上梓した僕の本『読みたいことを、書けばいい。』を作った人である。『東大卒、農家の右腕になる。』も、彼が佐川と作り上げた本だ。

僕は、ただ、会いたくなったのだ。この本を書いた佐川友彦という男と、「仲間」になりたかったのである。佐川と僕は今野良介という一人の編集者が声をかけて、励まし、本を書き上げたということだけが共通点だ。しかし、一人の編集者を介して、すでに会わずして同志のような気がする。

仲間を探す旅こそ、人生というRPGではないだろうか。宇都宮で餃子を食べたかったという理由も大きいが、ともあれ僕は住んでいる大阪から栃木ヘ向かった。

梨の木が並ぶ。

阿部と佐川は待っていてくれた。

大阪から持参した超高級菓子を差し出す。

通常タイプとさらに高級なデラックスタイプだ。

激しく奪い合う二人。仲は良さそうだ。

佐川は、僕の本も読んでくれていた。

僕のほうこそ、何度も読んだ。

『東大卒、農家の右腕になる。』は、ある意味、変な本だ。この本は前半と後半にくっきり分かれている。

まず、第1部は佐川友彦の半生の「正直な」告白から始まる。そこには、衒いも、自慢も、韜晦もない。血だらけの文字だと思った。東京大学を卒業した男が、数々の挫折を経て宇都宮で梨をつくる農園を経営する阿部英生と出会い、経営改革に乗り出す経緯。単なるノウハウ本、ビジネス本とはちがう「なぜ、そしてどうした」があった。

後半第2部は、打って変わってカラーでわかりやすく色分けされた経営改善のためのノウハウが列記されている。

だが、それも「頭で考えたもの」などではない。すべて実践と結果によって記録された血の出るような文字だ。そこにも「なぜ、そしてどうした」がある。

この本は、読みやすい血だらけだ。読んで楽しい血だらけだ。圧倒的な本だった。

そして「おわりに」とエピローグが書かれているが、今野良介と佐川がこの本を作り上げた経緯が述べられている。「なぜ、そしてどうした」は最後の1ページまでぶれることがない。

能力と、気力と、体力、そしてなにより一生に一回しかない「時間」、全てをかけてなにかに取り組んだ人間の叫びだと思った。

僕が書いた本も、単なる文章術の本ではない。

「なぜ、そしてどうした」を伝える本にしたい、正直な本でありたい。それは僕に声をかけ、原稿を書かせた今野良介の志だった。

本を挟んで、人と人とが邂逅する、自分の人生にこんなことが起こるとは思ってもみなかった。

僕は広告代理店で四半世紀を過ごした。

だからこそ、「マーケティング」という言葉(の過大評価)も、「コンサルティング」という言葉(の一人歩き)も苦手だ。

仕事の現場で、本当に必要とされているのは「マネジメント」だと思う。

さっそく阿部梨園自慢の梨を出してくれる。

梨は、もがれたことにも気がついていないような瑞々しさだった。

この本は佐川が阿部梨園に乗り込んでいき、改革していった記録である。

当の阿部はどのように思っているか。

僕は、本では描かれていない阿部の生の声を聞きたかった。

「それまで感覚だけでやっていたんです、経営を。それでも梨は売れてはいた。でも佐川くんはやってきて言ったんですよ。これは僕の人生に残る名言なんですけど…

『こんなこともわかんないでここまで来たんですね』(爆笑)

梨を一生懸命作ってきたっていう、いままで僕が力入れてる部分をわかってくれた上でのこのキツさ(笑)。それもうまいこと提案するときの方法かもしれないけど」(笑)

「僕が手法としてのコンサルティングを持ち込んだ部分は半分ぐらいですね。手法を持ち込んだってここには適用できないことだってあるわけだし。むしろ英生さんは何を目指してるんだろう、そこをまず考えましたね」

「自分は梨づくりのことしか考えてなかったし、知らなかったので、『いや、阿部さん、世の中はこうですよ』って佐川くんが言ってくれたんです。嫌われる可能性もあるのに勇気が必要だろうって。ほんと、ここに飛び込んできた勇者だと思ったんですよ」

今野が口を開く。

「書評を読むと、佐川さんもすごいが、受け入れた阿部さんもすごい人だなっていう感想があります」

「佐川くんには、頭にくることも言われましたよ。でも言われた時に頭にくることは『図星』なんです。まず、掃除からやってくださいって。『ゆるぎない掃除』って言われて。あと、初めて『1日何時間働く』『この時間からこの時間までは仕事』って計画ができた。それまで僕の人生は、何月何日までにこれをやらなきゃ、って思ってるだけで、1日のうちにも集中も休息もなかったんです」

佐川は言う。

「阿部梨園のスローガン『守りながら、変えていく。』っていうのは、そもそも僕が来る前からあったんですよ。それは阿部の言葉なんです」

僕は驚く。

「すると、変わらなければ、と潜在的に思っている阿部梨園へ、運命的に佐川さんが来たケースなんだ」

「素地がないと、たとえ佐川くんが来たって喧嘩別れになってますから。おれは、佐川くんに本気で向き合ったからできたんです。ゆるぎない男を呼ぶにはゆるぎない経営者でないと、半端な感じで呼んだら結果は出ないと思うんです。おれだってゆるぎなかったよ、と。

「しかもこの部屋で1対1、二人きりで提言するっていう、緊張感ある場面だらけだったわけで」

僕はある時はこの部屋で睨み合ったであろう二人が、いま破顔大笑するのを羨ましく見ていた。

「佐川さんはスタンフォード式ハーバード術(笑)を持ち込んだわけじゃなくて、タイマンの関係で勝負したんですね」

「前の経営者だった親父に『畑に出ない男を雇ってどうなるんだ』って言われたことは何度もありますよ。でもおれは、佐川くんが言うことを受け入れる覚悟をもったんです。自分が黙ることも仕事だと思った

僕は本の題名にもなっていることについて訊いてみる。

「しかし、佐川さんが東大出ってのは阿部さんには説得力あったんじゃないですか」

「ありました(笑)。でも、それとは関係なく、説得してくるときの資料の揃え方がちゃんとしてるんですよ。説得力があったんです。それをちゃんと実行したことで、自分の人間性も変わったと思っていて」

佐川は笑う。

「東大で習ったことはどこにも書いてない本なんですけど」

僕も耳が痛い。

「ダイエットだって、いくら本に方法書いてあっても、やらなきゃ1グラムも体重減らないですもんね」

「そういう意味では、英生さんと組めたことは幸いでした。やる気はあったんですから」

「守った人だけそこから人生は変わるから。言われたことをちゃんと聞けば、自分は心置きなく畑に出られる。佐川くんが、後方のことは気にしないで堂々と畑に出ていける舞台を整えてくれたんです」

今日ここへ来て本当に良かった。僕は言う。

「本を出すってことは、そこがゴールじゃなくて、そこからなにかが変わる出来事だと僕は思うんです。僕と今野さんは、一緒に本を作ったわけだけど、それで終わりじゃなかった。その先の人間関係が今日も続いている。今野さんに連れられて、きょうは佐川さんと阿部さんに逢えたわけで。この本は、変な本で、ノウハウを伝える部分と、人間性が伝わるところが一冊になっている。こういう本が増えると世の中は変わっていくんじゃないかなと思います」

「今野さんは、自分の読みたいことを書けばいいんです、しか言わなかったから、書けたんです」

初めて知ったのだが、梨は枝からちぎりとるのではなく、そっと持ち上げれば外れる。なるほど、これなら梨はきっと「もがれたことにも気がつかない」はずだ。

本は果実だ。人間が、手塩にかけて実らせる。

出版とは、作った者、書いた者、読んだ者、それぞれの人生の未来へつながる樹のようなものだと思っている。

僕は2020年、徒手空拳で小さな会社を立ち上げた。小さな出版社だ。この会社の創立日をわざわざ今野良介の誕生日にしたのは、他人が聞いたらちょっと気持ち悪いセンチメンタリズムなので秘密にしてある。

だが、東京に事務所を構え、登記した直後に世界は一変してしまった。緊急事態宣言が発令され、経済は急停止した。都内のビルの一室を借りた事務所だったが、コロナ禍でビルは建物ごと売却されることになり、僕の会社は追い出されてしまった。僕の事業は発車できないどころか、車すらないスタートになった。

だが、ここからなんとか育てていこうと思う。この小さな出版社も、作った者、書いた者、読んだ者、それぞれの人生の未来へつながる樹のようなものだと思う。

しかし、僕は経営のド素人だ。いずれ、わけがわからなくなり道に迷うことがあるだろう。そのとき、僕は佐川に手伝ってもらえばいいと思っている。佐川が本書でいうところの「ラブレター大作戦」をやってみようと思う。

佐川はきっとその頃、引き続き阿部梨園のことはやっているだろうし、農業界全体に提言を続けているだろうし、ひょっとしたら農業以外の産業界からも引っ張りだこになっているかもしれない。

だが、諸葛孔明だって2度は断っても、3回頭を下げれば手伝ってくれることになっているのだ。佐川にかかれば、僕の人生も、仕事の進め方も、すべては「掃除」から始まることになるだろうけど。

佐川と今野と3人で語らう時間は尽きなかった。心の一番底から、楽しかった。

私はこの日、宇都宮で旨い餃子と仲間を得た。

文中、すべて敬称略である。同時代を生きる仲間に敬称をつけないことは最大の賛辞だと思うからである。

(了)

佐川友彦(さがわ・ともひこ)
1984年生まれ。ファームサイド株式会社代表取締役。阿部梨園マネージャー。東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。デュポン株式会社の研究開発職、創業期のメルカリのインターンなどを経て、2014年9月より栃木県の阿部梨園に参画。
生産に携わらず、農家が苦手とする経営管理、企画、経理会計、人事労務など経営全般を統括し、ブランディングやデザイン、販売、広報など営業面も担当する。組織開発や生産性を大幅に進歩させ、小規模ながらブランドを確立し阿部梨園の直売率を100%に引き上げる。阿部梨園で積み重ねた小さな経営改善、業務改善は3年で500件を数え、2017年に改善実例300件を公開する農業界では前代未聞のクラウドファンディングを実施。300人以上から440万円(達成率440%)の支援を集めて目標超過達成。「阿部梨園の知恵袋|農家の小さい改善実例300」として無料公開されている。実践的かつ詳細な内容が、多くの農業関係者から支持を得る。日本経済新聞、NHK、日本農業新聞などメディア掲載・出演実績多数。農業経営の専門家として年間数十件の講演、セミナー活動を行う。「農業ビジネス ベジ」、「地上」などで連載記事執筆。2020年、農業経営のコンサルティングなどを行うファームサイド株式会社を立ち上げ、代表に就任。2020年6月「第3回とちぎ次世代の力大賞」大賞受賞。本書が初の著書になる。

田中泰延(たなか・ひろのぶ)
1969年大阪生まれ。早稲田大学第二文学部卒。学生時代に6000冊の本を乱読。1993年株式会社電通入社。24年間コピーライター・CMプランナーとして活動。2016年に退職、「青年失業家」と自称しフリーランスとしてインターネット上で執筆活動を開始。webサイト『街角のクリエイティブ』に連載する映画評「田中泰延のエンタメ新党」「ひろのぶ雑記」が累計330万PVの人気コラムになる。その他、奈良県・滋賀県・福島県など地方自治体と提携したPRコラム、写真メディア『SEIN』連載記事を執筆。映画・文学・音楽・美術・写真・就職など硬軟幅広いテーマの文章で読者の熱狂的な支持を得る。「明日のライターゼミ」講師。2019年6月、初の著書『読みたいことを、書けばいい。』を上梓。現在16万部突破。