国民に「経済死」を強いる政府が
まだ手を尽くしていないこと

 本来、国家が国民に「経済死」を強いるなどということは、最後の最後にやる奥の手だ。しかし、今の日本政府はまだ手を尽くしたとは言い難い。

 その最たるものが、コロナ医療資源の「偏在」の解消である。

 今回の問題の本質は、1400万人という世界有数の大都市であり、医師が4万人以上、看護師が10万人以上もいる東京が、コロナ重症患者100人たらずで「崩壊」してしまったように、日本の医療資源のポテンシャルを活かしていない「戦略ミス」にあることは明白だ。

 前回の「『多すぎる病院』が、コロナ禍で医療現場の危機を招きかねない理由」の中でも触れたが、世界一病院も病床も多い日本で、諸外国と比べてケタ違いに数が少ない感染者、重症者によって医療がパンクをしてしまっているのは、よく言われる「2類相当の指定感染症」という非効率な対応方針もさることながら、コロナ治療に投入する医療資源が偏りすぎていることが大きい。

 わかりやすく言えば、一部の病院だけに重症患者が集中して「野戦病院」のようになっている一方で、コロナ患者を受け入れることなく、いつも通りにのんびりとした診療を行っている病院も山ほどあるのだ。

 この「偏在」の問題を解消したうえで、それでもなお持ちこたえられないというのなら、営業自粛でもロックダウンでもなんでもやればいい。というか、躊躇なくやるべきだ。

 しかし、今のコロナ医療はまだ見直すべきところが山ほどある。にもかかわらず、早々に「国民のがんばり」に依存するのは、あまりにもご都合主義というか、筋が違うのではないかと申し上げたいのだ。

「コロナの専門家でもないくせに、わかったような口を叩いて、医療従事者にすまないと思わないのか!」というお叱りを受けるだろうが、国民の一致団結が求められるムードの中であえてこんなことを言わせていただいたのは、これが日本の陥りやすい「負けパターン」だからだ。