“PCR検査陰性”の帰省、その説得力はいかほどか

 なんといっても東京だ。東京都の日ごとの新規感染者数は新型コロナの猛威を測るひとつの指標として連日報道されていて、当然だが、地方に比べて圧倒的に数が多い。東京在住者、および勤務先が都内にある人は日々増していくこの数字を見て「やばいな」と常々思っているが、自分が感染していない限りは「そうはいってもまだ大丈夫」と、幸運に感謝しながらそう思っている。
 
 しかし、ある程度東京から距離が離れている地方に住む人たちからすると、「東京」と聞くだけで辺りの空気にまがまがしい気配が漂い始めるようなおそれを抱いているようだ。九州に住む知人に現在の東京への印象を聞かせてもらったところ「ゾンビ映画に出てくるような、ゾンビがうごめき支配する滅びてしまった街のイメージ」とのことである。
 
 ここで例えとして示されている「ゾンビ」は、感染者を次々に増やしてやがて街、ひいては文明を崩壊させる類いの代物である。このゾンビと新型コロナが同列に考えられるほどにまでなっている。一笑に付してしまうような突拍子もない妄想だが、もしかしたら東京以外の地方在住者には、切実で自然な着想なのかもしれないし、両者の認識には大きなずれがあるようだ。
 
 とはいえこの「ゾンビ」はあくまで極端なたとえであって、魔境・東京への危機感は当然ながら人によってばらつきがある。

 東京在住のAさん(42歳男性)の両親、および義理の両親は、今年の帰省について「帰ってこなくてよいが、来たければ来てもよろしい」というスタンスを示すくらい、おっとりとしていた。Aさん夫妻は迷ったが、先日義理の母が体調を崩して入院し、一応退院はしたが少し精神的に弱っていたように感じていたので、「孫の顔でも見せて元気づけられれば」と帰省することにした。周囲を安心させるために前もってPCR検査を受け、陰性のお墨付きを引っ提げての帰省である。
 
 Aさん一家は例年の年末年始をAさんの実家と妻の実家、それぞれに2泊ずつして過ごすようにしている。どちらの家でも大変な歓待を受け、東京での生活を案じられた。義母も帰省を喜んでくれたようで、Aさんたちの目的はひとまず達せられた。
 
 帰省したとなるとAさんにはもうひとつ目的が出てくる。地元の友人と集まって飲むのがそれで、これも毎年恒例であった。Aさんが早速友人に連絡を取ると、「いや、今年はやめておこう」と返事があった。「自分はPCR検査で陰性だったから、その点は心配ない」とAさんは伝えたが、「結果が出てから感染する可能性を考えるとリスクはゼロにならないし。まあそういうことではなく、今年はこんなご時世だし自粛しておこう」と言うのでAさんは納得せざるを得なかった。
 
 しかし、羽を伸ばせるという期待感が中ぶらりんとなって、Aさんはいてもたってもいられなかった。そこでひとり街に繰り出して軽く飲むことにした。地方といっても政令指定都市に数えられるくらいには都会である。
 
「東京に比べて飲み屋さんがゆるくてびっくりした。街全体に漂う緊張感もあまりなく、どこかのんびりしている。東京と地方ではだいぶ様子が違うのだな、と感じた。
 
 そうしてみると、友人が見せたあの高い危機管理の姿勢には違和感を覚える。単に『東京もんの自分に会いたくなかっただけ』と考えれば友人の歯切れの悪さにも合点がいく。今年彼らに会えなかったのは残念だが、自分がいなくても彼らは集まったりしているのではないか」(Aさん)
 
 仲間外れにされているかもしれない疑念だけ膨らませて、Aさんは悶々と東京へと舞い戻ってきた。もし筋書きがAさんの想像通りだったとしたら、かわいそうかもしれないが、友人が見せた苦しげな対応も無理からぬものである。新型コロナの認識の違いが生んだささいな悲劇の一幕であった。