注目の戦略コンセプト、「リバース・イノベーション」の入門編の連載第6回。今回は、ビジャイ・ゴビンダラジャンの独占インタビューをお届けします。世界的ベストセラーである『リバース・イノベーション』の著者で、コンセプトの生みの親でもあるゴビンダラジャンが、世界がリバース・イノベーションへ向かう潮流と、日本企業がどのようにリバース・イノベーションに取り組むべきかについて語ります。なお、このインタビューは、『リバース・イノベーション』日本語版が発売される直前に行われたものです。(聞き手/ジャーナリスト 大野和基)

リバース・イノベーションが
閃いた瞬間

── 新興国市場への出遅れに危機感を強める日本企業の間で、今、リバース・イノベーションへの関心が急速に高まっています。リバース・イノベーションとは何か、改めて説明していただけませんか。

ビジャイ・ゴビンダラジャン
Vijay Govindarajan
ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネスのアール C. ドーム1924教授。国際経営論担当。ゼネラル・エレクトリック(GE)で初の招聘教授兼チーフ・イノベーション・コンサルタントを務めた。世界で最も影響力のあるビジネス思想家ランキングThinkers50(2011年度)で3位、同時にブレークスルー・アイデア・アワードを受賞。

 歴史的にみると、多国籍企業は日本やアメリカのような豊かな国でイノベーションを起こして、そこから生まれた製品をインドのような貧しい国で売っていました。リバース・リノベーションはまさにその反対です。つまり、インドのような貧しい国でイノベーションを起こして、そこから生まれた製品をアメリカのような豊かな国で売ることです。

 考えてみると、こうした動きはまったく直観に反するものです。というのも貧しい人が裕福な人向けの製品を買う方がロジカルだからです。貧しい人が裕福な人が運転する車をほしがり、貧しい人が裕福な人が使う携帯電話をほしがるという構図です。

 これに対して、裕福な人が貧しい人向けの製品をほしがるというのはそれほどロジカルではありません。けれどこれこそが、リバース・イノベーションの本質なのです。

── 逆方向だからリバース・イノベーションというのは正鵠を射た表現だと思いますが、ある日突然思いついたのですか。あるいは、「これだ!」と叫ぶ前に、長い期間温めていたのでしょうか。

 長い間温めていて、2009年にようやく結晶化させることができました。インドで育った私は、イノベーションこそがインドが抱える大量の問題を解決できる唯一の方法だと信じていました。この30年間ずっと、イノベーションに取り組んできました。

── イノベーションの研究だけでなく、GEでは招聘教授兼コンサルタントとして、実践にもあたっていますね。

 GEのイノベーション部門のチーフ・コンサルタントとして、2年間仕事をしました。CEOのジェフリー・イメルトは私に、どうすればインドにおけるヘルスケア事業をもっとはやく成長させられるか、考えてほしいと言いました。

 GEはインドで、他の多国籍企業と同じように、高級なグローバル商品を売っていました。超音波診断装置、X線撮影装置、CT(コンピュータ断層撮影装置)、MRI(磁気共鳴断層撮影装置)などの医療用画像診断装置で、競合相手は東芝やフィリップス、シ―メンスでした。もちろん需要はありましたが、それは市場全体の10%にしか過ぎず、残りの90%は手つかずの状態でした。

 そのときに私は、GE、そして他の企業にとって、大きなチャンスがあると感じました。90%を占める経済ピラミッドの中間層と下層に焦点を当てれば、大きなチャンスがあると思ったのです。

── その絶好の機会を捉えるために、何を行ったのですか。

 一つの製品の開発に取りかかりました。インド市場用に、500ドルの心電計を開発することにしました。アメリカでは、GEの心電計は3000ドル~1万ドルで売られていますが、500ドルの心電計を開発しながら私たちは、市場はインド以外の新興国はもちろん、ドイツやアメリカなどの先進国にもあると考えるようになりました。

── リバース・イノベーションの着想を得た瞬間ですね。

 ちょうどそのことをジェフリー・イメルトと話しながら、インドのような貧しい国でイノベーションを起こし、豊かな国にそれを展開し、成長を促すというアイデアが持つパワーを発見したのです。