注目の戦略コンセプト、「リバース・イノベーション」の入門編の連載第2回。世界的ベストセラーである『リバース・イノベーション』の著者で、コンセプトの生みの親でもあるビジャイ・ゴビンダラジャンによるコラムの翻訳です。リバース・イノベーションは、どのような原理で「リバース」するのか。事業は、リバース・イノベーションに向けてどのように発展していくのか。その成功のポイントを語ります。インドの超低価格自動車が、先進国を走る日をイメージさせる「2000ドルの自動車」という原題がついています。

リバース・イノベーションに必要なのは、
超低価格と「それなりの品質」

 中国やインドなどの国で製品を開発し、それをグローバルに流通させる欧米企業が続々と増えている。

 たとえば、ゼネラル・エレクトリック(GE)は中国の農村部向けに超低価格の超音波診断装置を開発し、それを今では100カ国以上の市場で販売している。パソコン・周辺機器メーカーのロジテック(注1)は、中国市場向けに19.99ドルという手頃な価格のマウスを開発し、その後、欧米でも発売した。

ビジャイ・ゴビンダラジャン
Vijay Govindarajan
ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネスのアール C. ドーム1924教授。国際経営論担当。ゼネラル・エレクトリック(GE)で初の招聘教授兼チーフ・イノベーション・コンサルタントを務めた。世界で最も影響力のあるビジネス思想家ランキングThinkers50(2011年度)で3位、同時にブレークスルー・アイデア・アワードを受賞。

 トラクターメーカーのディア・アンド・カンパニーは、35馬力の小型トラクター「クリシュ」を投入するにあたって、インドの業界リーダーであるマヒンドラ・アンド・マヒンドラに対抗するため、インド市場向けに特別な設計と価格設定を用いた。現在では、世界中で販売する製品に、クリシュの特性が取り入れられている。

 私たちはこうした現象を「リバース・イノベーション」と呼んでいる。これは、途上国で最初に採用され、後に先進国にも導入されるイノベーションのことだ。驚くことに、リバース・イノベーションは重力に逆らって、途上国から富裕国へと逆流していく。しかも、こうしたイノベーションは頻繁に見られるようになってきている。

 住宅、輸送、エネルギー、健康管理、エンタテインメント、情報通信、金融サービス、浄水など多様な分野で、貧しい国々はブレークスルーをもたらすイノベーションの研究所となっている。

 リバース・イノベーションの推進力となるのは基本的に、新興国と先進諸国との所得格差である。たとえば、インドの1人当たり国民所得は約3000ドルだが、アメリカのそれは約5万ドルである。

 アメリカの裕福な大衆市場向けに設計した製品を、ただ現地仕様に調整して、低所得者が大勢いるインド中間層を獲得しようとするのは土台無理な話だ。インドに製品をただ輸出するのではなく、インド向けのイノベーションが必要なのである。

 貧困国(注2)の買い手は、まったく異なる価格性能曲線のソリューション、つまり、超低価格で「それなりに良い品質」を提供する、新しいハイテクを用いたソリューションを求めている。

【訳注】
1)日本での社名・ブランド名はロジクール。
2)リバース・イノベーションにおける貧困国という用語は、世界銀行が採用している「一人当たりGDPが低い国」という狭義の定義による。