リバース・イノベーションの旅は、
まだ始まったばかりだ

──リバース・イノベーションの動きは、GE以外の他の多国籍企業にも広がっていますか。

 フォーチュン500に入っている企業はほとんどが新興国に目を向けています。そして彼らがそれを、リバース・イノベーションと呼ぶかどうかはわかりませんが、確実に広がっています。

 農業機器メーカーのディア・アンド・カンパニーは最初、アメリカで大規模農家用につくられた、大型のトラクターをインドに持ち込みました。しかし、細かく区切られた農地が点在するインドでは、ほとんど役に立ちませんでした。

 そこで彼らはLGTを置いて、インド用に35馬力のトラクターを考案し、驚異的な成功を収めました。ディアはその後、他の市場にも低馬力トラクターを投入しました。

 もう一つの例はハーマンです。高級オーディオ・メーカーとして知られるハーマンは、車載インフォテイメントでも成功を収めています(注)。インフォテイメントは、1990年代半ばに高級車用にハーマンがつくったシステムです。

 2008年、2009年に世界金融危機の影響で高級車の売れ行きが落ち込んだ際、ハーマンは中低価格市場の開拓に乗り出しました。インドや中国で売れる車用の製品です。彼らはLGTをつくり、3分の1のコストで、半分の価格の製品をつくりました。そのモデルが今では、ベンツやBMWに流用されています。リバース・イノベーションの典型的な例です。

 最後の例は、インドのバンガロールにある心臓病専門のナーラーヤナ・フリーダヤーラヤ病院です。ここでは、心臓の開胸手術を2000ドルで行います。アメリカでは少なくとも、その10倍はかかります。しかもこの病院の医療の質は、非常に高いことで知られています。2013年にはアメリカ人の患者を対象に、マイアミから1時間のフライトで行けるケイマン島に大きな心臓専門病院を新たに開設します。

 このように、リバース・イノベーションはすべての産業に適用でき、広がっています。

 なにより、この4月に『リバース・イノベーション』をアメリカで出版し、幸いにもニューヨーク・タイムズとウォール・ストリート・ジャーナルをはじめ、世界中のベストセラー・リストの上位に位置しています。これこそ多くの企業が新興国に目を向け、リバース・イノベーションが広がっていることの証でしょう。

── 世界の多国籍企業が先を争って新興国発のイノベーションに取り組むなか、日本企業はいったいどうすれば存在感を示すことができるのでしょうか。また、日本でも、このリバース・イノベーションのコンセプトは根づいていくのでしょうか。あるいは根づくまで、まだまだ先は長いでしょうか。

 繰り返しになりますが、過去の成功を忘れることです。幸いにも、どの国の企業もまだ、リバース・イノベーションをマスターしていません。そこに大きな可能性があります。

 日本は、中国とインドという2つの新興国の近くに位置しています。すでに、トヨタやホンダをはじめとする日本の多国籍企業の多くが進出していますが、問題はそこでローカル市場用にイノベーションを起こせるかどうかです。

 リバース・イノベーションの旅に出るための地理的条件には恵まれていますが、その道のりはまだ長いと考えなければならないでしょう。

【注】
車載インフォテイメントは、カーナビ、ネット接続、音楽・動画再生などの機能を持つ。


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◆主要目次
【第1部】 リバース・イノベーションへの旅
  第1章 未来は自国から遠く離れた所にある
  第2章 リバース・イノベーションの5つの道
  第3章 マインドセットを転換する
  第4章 マネジメント・モデルを変えよ
【第2部】 リバース・イノベーションの挑戦者たち
  第5章 中国で小さな敵に翻弄されたロジテック
  第6章 P&Gらしからぬ方法で新興国市場を攻略する
  第7章 EMCのリバース・イノベーター育成戦略
  第8章 ディアのプライドを捨てた雪辱戦
  第9章 ハーマンが挑んだ技術重視の企業文化の壁
  第10章 インドで生まれて世界に広がったGEヘルスケアの携帯型心電計
  第11章 新製品提案の固定観念を変えたペプシコ
  第12章 先進国に一石を投じるパートナーズ・イン・ヘルスの医療モデル
  終章 必要なのは行動すること
  付録 リバース・イノベーションの実践ツール
       ネクスト・プラクティスを求めて