『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、14万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、東京大学経済学部の柳川範之教授。東大教授への道を独学で切り拓いたことで知られる柳川教授は、「学生から大人まで使える」と、本書を高く評価している。今回は、特に現役の学生と大人に向けて、本書の活用法を語ってもらった。(取材・構成/藤田美菜子)
第2回:高校に行かなかった東大教授が語る「独学が続かない人」が抱える間違った思い込み

高校に通わず「独学」を選んだ理由

――柳川先生は、高校には行かずに大検を受けて慶應義塾大学経済学部(通信教育課程)に入学。大学時代は、シンガポールで通信教育を受けながら経済を学ばれたそうですね。まさに「独学」によってキャリアを切り拓かれたわけですが、なぜ、独学という道を選んだのでしょうか?

柳川範之教授(以下、柳川) 僕が高校に行かなかったのは、父親が海外転勤でブラジルに行くことになり、それについていくことになったからです。せっかくなので、海外でいろいろな経験をしようと思ったんですね。

 ただ、現地の日本人学校は中学校までで、高校がありません。そこで、日本から参考書や問題集を持っていき、自分で勉強することにしたのです。

 でも、振り返ってみれば、独学のルーツ自体はもう少し前にあるように思います。

 僕は、小学4年生から中学1年生にかけて、シンガポールで暮らしていました。このときは日本人学校に通っていたので、言葉通りの意味での独学ではないのですが、勉強のかなりの部分が自分の裁量に任されていました。

 というのも、当時のシンガポールでは、今とは違って塾もなく、日本語の本も豊富には手に入りませんでした。全国模試や、中学受験もありません。そんな環境ですから、先生方も割と自由に授業をやっていたし、生徒たちものびのびと学んでいたのです。

 大人に言われて勉強するということではなく、純粋に何かを学び、知識が入ってくることの楽しさを感じられる――そんな環境でしたね。その原体験があったので、ブラジルに行っても自分で勉強できるだろうなというイメージを持つことができたのだと思います。

教科書1冊が送られてくるだけ……の孤独な独学

――ご自身の経験を振り返って、独学のどのような部分が自分に合っていたと思いますか?

 実際のところは、特に大学のときは、なかなかハードな体験でした。当時はインターネットもなかったですし、海外にいて図書館にも行けなかったので。

 大学の通信課程では、スクーリング科目といって対面の授業も一部あるのですが、多くはテキストが送られてきて自分で勉強する形式。当時は、哲学などの一般教養科目も含めて、分厚くて難解でそっけないテキストが1冊ぽんと送られてくるだけでした。

 外国にいるので、書店に走って参考書を買いに行くわけにもいかず、どう勉強すればいいのか途方に暮れた時期もありました。そんな中で、無味乾燥なテキストの要点をうまくつかむ工夫や、テキストの読み方などを、自分なりに手探りで身につけていきましたね。

 たとえば、テキストを読むときに「マーカーを引かない」というのは、普通のやり方とは少し異なる工夫と言えるかもしれません。

 なにせ、ベターッと文字が書いてあるだけのテキストがほとんどなので、最初に読んでいくときにはどこも重要に見えてきます。すると、どんどんマーカーを引いてしまい、気づくと1冊の8~9割がマーカーで埋め尽くされていることになる。これではあまり意味がないな、と。

 そこで、最初に読むときには、わざとマーカーやペンを持たずに読むようにしたところ、読み方が変わってきたのです。もっと内容をきちんと咀嚼し、自分なりに頭の中できちっと捉えようとするようになりました。

 もちろん、皆さんにこの方法をおすすめするわけではありません。学びの工夫には、人によって合う合わないがあります。僕が「マーカーを引かない」選択をしたように、自分に合ったやり方を見つけていくことが、独学では大きなポイントになるでしょう。

 今振り返ってみて、独学の最大のメリットだと感じるのは「自分のペースで勉強が進められる」ことです。

 普通に学校で講義を受けていると、決まったペースで授業が進みます。今週は第1章で、来週は第2章といった感じで、自分が理解できていてもいなくても、勝手に授業が進んでいく。

 一方、独学なら、わからない部分にはたっぷり時間をかけられるし、逆にすんなり理解できた部分は、さっさと進めることができる。そのペース配分が自分で設定できるのが、一番のメリットだったと思います。

大学以降の勉強は「自分で何を学ぶかを決める」

――柳川先生は、『東大教授が教える独学勉強法』などの書著で紹介されているように、ご自分でも様々な独学のメソッドを工夫されています。今回、読書猿さんの『独学大全』をどのように読まれましたか?

 まず、限られた手法を押し付けるのではなく、きわめて「多様な手法」が紹介されているところに感心しました。これは、とりわけ「大学生(とそれ以降)の学び」大きな力になるだろうと思います。

 なぜ独学の本が大学生に役立つかというと、「高校までの勉強」と「大学に入ってからの学び」は、実は全くの別物だからです。

 高校までの勉強は、受け身です。「誰かが教えてくれるもの」であり、生徒は教育を受ける側ですよね。でも大学での学びは「研究」です。文献を調べてまとめ、そこに自分なりの新しい研究成果を積み上げるのがゴール。つまり、大学の勉強は(導いてくれる教授たちはいるものの)自分で何を学ぶかを決めて、自分で調べなければならない。要は、ほぼ独学なんです。

 でも多くの大学生は、受験勉強の中で手取り足取り学び方を教わることに慣れてしまっています。なので、大学に入ると一から自分の学びのスタイルを身につけることがなかなかできずに苦労します。シラバスは配られますが、どれを履修するかを決めてくる人は誰もいませんから。さらに、「学び方の基本」は大学ではあまり教えてくれないんですね……これは、僕ら大学側の人間の怠慢もあると思っていて、反省しています。

『独学大全』巻末の「困りごと索引」(一部分)。悩みごとに、それぞれの技法に飛べるようになっている。
拡大画像表示

 世間では「勉強ができる」とされている東大生にも、ゼミなど自主的に学ぶ場面で苦労するタイプはたくさんいますよ。与えられたものをこなすのは誰より得意だけど、「自由にやって」と言われると立ち止まってしまう。

 そういう、自分が学びたい分野を前にして、何から手をつければいいのか悩んでいる学生たちに、様々な選択肢を提示してくれるのが、この『独学大全』という本なのではないでしょうか。

 さらに、学びのツールを提示するだけでなく、この本自体が非常に大きな「知の塊」である点がすごい。読書の技法にしても、学習の技法にしても、その背景にどのような学説があり、どのような研究がなされてきたのかといったところまで、深く紹介されています。

 これらの知識に触れることによっても、読者が自分なりに学びのアプローチを広げることができる。そんなつくりになっているところが、すばらしいと感じました。

柳川範之(やながわ・のりゆき)
東京大学大学院 経済学研究科 教授
1963年生まれ。高校には行かずブラジルで過ごし、独学で大検合格後、シンガポールにて慶應義塾大学経済学部通信教育課程入学。88年同課程卒業。93年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。東京大学大学院経済学研究科助教授などを経て、2011年より現職。