火の発見とエネルギー革命、歴史を変えたビール・ワイン・蒸留酒、金・銀への欲望が世界をグローバル化した、石油に浮かぶ文明、ドラッグの魔力、化学兵器と核兵器…。化学は人類を大きく動かしている――。化学という学問の知的探求の営みを伝えると同時に、人間の夢や欲望を形にしてきた「化学」の実学として面白さを、著者の親切な文章と、図解、イラストも用いながら、やわらかく読者に届ける、白熱のサイエンスエンターテイメント『世界史は化学でできている』が発刊された。
池谷裕二氏(脳研究者、東京大学教授)「こんなに楽しい化学の本は初めてだ。スケールが大きいのにとても身近。現実的だけど神秘的。文理が融合された多面的な“化学”に魅了されっぱなしだ」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

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火の発見

 人類は、二足歩行をすることで自由になった「手」で、道具を使うようになり、火を利用するようにもなった。おそらく人類は、火山の噴火あるいは落雷によって木や草が燃え出すなどの自然の火災から、燃焼という現象を発見したのだろう。

 そして、「野火」へ接近し、火遊びなどに一時的に使うなかで、少しずつ火を恒常的に使用するようになっていったのだと思われる。その後、人類は木と木の摩擦によって火をつくり出す方法を発見した。

 火を知った人類は、あかり、暖房、調理、猛獣からの防御に火を利用してきた。それでは、人類が火を利用し始めたのはいつ頃のことだろうか。まず大きく人類の進化を見ていこう。人類史は、約七百万年前に始まったと考えられており、大まかに初期猿人、猿人、原人、旧人、新人と時代区分をすることができる。

 初期猿人、猿人、原人、旧人、新人という用語を並べると、たとえば旧人から新人に人類が進化してきたと誤解する人がいるが、それは違う。実際には、人類の進化の道筋は直線的で段階的なものではなく、多くの種類に枝分かれした人類が栄枯盛衰をくり返しているのだ。絶滅に至ってしまう道もいくつかある複雑なものである。

 それでも、初期猿人、猿人、原人、旧人、新人という用語は、進化のグレード(等級、程度)を表すのに便利なので、使われる場合がある。ここでは、そのように便宜的に使っている。

・約七百万年前~ 初期猿人の時代。アフリカでチンパンジーとの共通祖先から分かれた初期猿人が、森林で直立二足歩行を開始した。犬歯は退化した。
・約四百万年前~ 猿人の時代。猿人は森林から草原にも出ていくようになる。安定した直立二足歩行が可能になった。猿人の一部は脳が五〇〇ミリリットル以上になるなどの進化をとげ、ホモ属というグループになった。
・約二百万年前~ 原人の時代。アフリカで原人が誕生。脳が拡大し、知能が発達し始める。本格的に道具を作製するようになり、はじめは死肉あさりだったが後に積極的に狩りを行うようになった。
・約六十万年前~ 旧人の時代。アフリカで旧人が誕生。手・脳・道具の相互作用が進み、さらに脳が大きくなった。中・大型動物の狩猟が発達した。
・約二十万年前~ 新人の時代(現在まで)。アフリカでホモ・サピエンスが誕生。
・約六万年前~ アフリカからホモ・サピエンス(一部混血)が世界中に拡散した。
・約一万年前~ 農耕と牧畜を開始する。

 考古学上、人類が火を使用した可能性がある遺跡はいくつか見つかっている。たとえば、百万年から百五十万年前のものでは、焼けた骨が見つかった南アフリカのスワルトクランス洞窟、焚き火と関連して高温に熱せられた石が見つかった東アフリカのケニアのチェソワンジャ遺跡などがある。しかし、落雷などの自然現象の可能性もあり、確証には至っていない。人類が意識的に火を使った証拠を見つけるのは難しいのだ。

 火の使用をはっきり伝えるもっとも古い遺跡は、焼けた種(オリーブ、大麦、ブドウ)、木、火打ち石が発見された七十五万年前のイスラエルのゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡だ。ホモ・エレクトスなど原人の時代だ。火打ち石はいくつかの場所に集められており、焚き火をしていたと推定される。手斧や骨(体長一メートルほどのコイなど)も見つかっているので、焚き火を囲んで木の実や魚などを焼いて食べていたのだろう。

 火を使用した明確な証拠が多いのは、旧人のネアンデルタール人の時代からだ。人類がはじめて火を使った時期を考古学が明確に示さないのならば、生物学的に考えてみようと試みたのがリチャード・ランガムである(『火の賜物 ヒトは料理で進化した』NTT出版)。

 彼は人類化石をもとに、料理した食物に適応した結果の解剖学的変化から、火の使用、つまり料理が始まった時期を推定した。たとえば、生肉を食べることから料理した肉を食べるようになったと仮定しよう。加熱すると、肉はやわらかくなり消化吸収がよくなるので、人類の臼歯は小さくなり、胃腸の容量が小さくなる。消化に費やすエネルギーが少なくてすむので、脳のほうにエネルギーを振り向ける余地ができ、脳容量が大きくなる変化が起こる。そうすると、火の使用の始まりは、百八十万年前の原人ホモ・エレクトスの時代と推定することができるのだ。