火起こし(発火法)の技術

 私は『原始時代の火』(岩城正夫著、新生出版)を参考に、何度かキリモミ式発火に挑戦したことがある。キリモミ式発火とは、木の板と木の棒を手でこすり合わせる、もっともシンプルな方法だ。

 V字形の凹みを切ったスギ板に、両手ではさんだアジサイの細枝を垂直に立てて、下に押しつけながら手をこするようにして回転させる。きな臭いにおいが漂い始め、煙が出てくる。摩擦部分の焼け焦げた粉末がV字形の付近にたまる。細枝に加える圧力を強めスピードを上げていくと、火の粉をふくんだ粉末があふれてくる。この火種を乾燥した葉の上に載せて、フーフーと息を吹きかけると炎が上がるのだ。

 コツは摩擦部分に集中すること、力を加えるのを休まないこと、余力を残しておき最後にスピードアップすることなど、なかなか大変だ。私は数十秒かかった。

 キリモミ式は発火法としてはシンプルだが、人類がこの方法を発見したときには、板に穴を開ける技術が先にあったことだろう。そのときに、穴の部分から煙が出てくること、熱くなることを知って発火法に至ったのだと推定できる。先を見通しながら手の力をうまく配分し、連続的に細枝を回転させて発火に至るわけだから、ある程度の知的能力がないと無理だろう。

 人類は発火法を発見し、火をコントロールする技術を持った。そして、火で肉食獣を遠ざけ、草木に火を放って罠や待ち伏せ場所に獲物を追い込んだりした。また、暖をとり、明かりや料理にも火を使った。とくに炉を発明することで火をいつでも利用できるようになった。火を囲んだ食事と団らんによって、お互いのコミュニケーションも密になり、人類の社会性は高まったのだろう。

左巻健男(さまき・たけお)

東京大学非常勤講師
元法政大学生命科学部環境応用化学科教授
『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。一九四九年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)などがある。