火の発見とエネルギー革命、歴史を変えたビール・ワイン・蒸留酒、金・銀への欲望が世界をグローバル化した、石油に浮かぶ文明、ドラッグの魔力、化学兵器と核兵器…。化学は人類を大きく動かしている――。化学という学問の知的探求の営みを伝えると同時に、人間の夢や欲望を形にしてきた「化学」の実学として面白さを、著者の親切な文章と、図解、イラストも用いながら、やわらかく読者に届ける、白熱のサイエンスエンターテイメント『世界史は化学でできている』が発刊。発売たちまち5000部の重版となっている。
池谷裕二氏(脳研究者、東京大学教授)「こんなに楽しい化学の本は初めてだ。スケールが大きいのにとても身近。現実的だけど神秘的。文理が融合された多面的な“化学”に魅了されっぱなしだ」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。
世間の注目を集めた嘆願書
ジハイドロゲンモノオキサイド(一酸化二水素。略称DHMO)という化学物質がある。DHMOは、私たちの身のまわりに気体、液体、固体の状態で多量に存在している、無色で無味・無臭の化学物質である。
この化学物質の危険性について、とくに世間の注目を集めたのは、一九九七年、アイダホ州の中学生ネイサン・ゾナーが行った調査が、地元の科学展で優秀賞を受賞して話題になったからだ。ゾナーは、「ジハイドロゲンモノオキサイドの使用を禁止せよ」という嘆願書を作成し、街頭でDHMOの危険性を説明し、署名を集めた。
彼の訴えは次のようなものだった。
「ジハイドロゲンモノオキサイド(以下DHMO)は、無色、無臭、無味である。そして毎年数え切れないほどの人を殺している。ほとんどの死因はDHMOの偶然の吸入によって引き起こされている。DHMOは、今日アメリカの、ほとんどすべての河川、湖および貯水池で発見されている。それだけではない、DHMO汚染は全世界に及んでいる。汚染物質(DHMO)は南極の氷からも発見されている。アメリカ政府は、この物質の製造、拡散を禁止することを拒んでいる。
いまからでも遅くない! さらなる汚染を防ぐために、いま、行動しなければならない」
通行人五〇人のうち四三人の署名を得たという。それでは、DHMOにどのような危険性があるというのだろうか。
〔人への危険性〕
・液体のなかで呼吸ができなくなって死亡
・固体に長時間さらされると、皮膚に深刻な損傷を与える
・気体は重度の火傷を引き起こす可能性がある
・液体の過剰摂取は、多くの不快な副作用を引き起こし、時には中毒により死亡
・液体は強い習慣性があり、常時摂取者は飲用を止めると短期に死亡
・がん細胞から発見。がん細胞から取り除くとがん細胞は死滅。つまりがん細胞の増殖の原因の一つ
〔地球環境、自然災害に関与〕
・酸性雨の主成分
・温室効果にもっとも強い影響を与える
・台風や集中豪雨など自然災害に関与
・岩石や土壌の侵食を引き起こし地形を変える
・崖崩れを起こす
・気体は車の排気ガス、工場からの排気ガスの主成分