厚労省職員の対応は、次のようなものだったという。

「もそもそと言って、『お答えは控える』と……こんなもんでしょ」(Sさん)

 尾藤さんは苦笑していた。強い口調の関西弁は、おそらく実際と異なると思われる。しかし、同席していた弁護士の小久保哲郎さんも、「厚労省の職員は、ビビってました」という。

 当の尾藤さんは、「優しく言いました」という。尾藤さんは厚労省職員に対し、自分自身も厚生省職員だったこと、そして生活保護法を1950年に作った厚生官僚の小山進次郎氏に会ったことがあることを語ったそうだ。

「小山進次郎さんが、どういう思いでこの法律をつくったのか。なぜ保護基準が、国会ではなく厚生大臣権限で決定できるようになっているか。そこを考えたことがありますか? とお話ししました」(尾藤さん)

原告が勝訴し、厚労省が敗訴した
場合の「対策」も

 厚労省保護課の職員なら、小山進次郎氏が遺した社会保障のバイブル『生活保護法の解釈と運用』を読んでいるはずだ。「『解釈と運用』には、こう書いてあります」と答える程度なら、何ら差し障りはないであろう。しかし、そういう応答はなかったようだ。尾藤さんは続ける。

「大臣の裁量権には、大臣が速やかに国民生活を反映して基準をつくるという意義があります。あなた方厚労省職員も、そういう責務を負っているのではないかと申し上げました」(尾藤さん)

 そもそも、一連の訴訟は2014年から継続しており、現在は8年目となっている。厚労省職員も、被告側証人として証言を行っている。この重要な訴訟の判決がいずれ明らかになった折の対応について、判決のいくつかのパターンを予測し、「傾向と対策」を練り上げていたはずだ。もちろん、原告が勝訴して厚労省が敗訴した場合の「対策」もあったはずである。

「各省庁の官僚が当然行うはずの判決予測について、『しましたか?』と尋ねると、厚労省職員は、渋々『しました』と認めました。しかし、結果に対してどうするか決めていたかどうかを聞くと、きちんと答えてくれませんでした。『判決に対応するのは、役人の仕事ではありませんか?』と、先輩として厚かましいけれども一言申しました」(尾藤さん)

 国側の敗訴を想定していなかったのか。想定していたけれども検討内容は言えないのか。真相は不明である。