プルデンシャル生命保険で「前人未到」の圧倒的な業績を残した「伝説の営業マン」である金沢景敏さん。営業マンになった当初はたいへん苦労しましたが、あることをきっかけに「売ろう」とするのをやめた結果、自然にお客様から次々と「あなたからサービスを買いたい」と連絡が入るようになりました。どうすれば、そのような営業スタイルを作り上げることができるのか? 本連載では、金沢さんの初著作『超★営業思考』を抜粋しながら、その「秘密」をお伝えしてまいります。

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営業とは「断られる」のが仕事である

 営業とは「断られる」のが仕事のようなものです。

 アポ取りの時点でバンバン断られるのが当たり前。「プルデンシャル生命保険の金沢……」とすら言い終わらないうちに切られたり、露骨に迷惑そうな声で断られたり……。それも辛いですが、ようやくアポが取れたお客様と何度もお目にかかって、何度も提案書を作り直して、やっとのことで契約をお預かりできると思ったときに断られるのはもっとキツいものです。

 僕も、これには苦しみました。

 もちろん、営業マンになったときから、たくさん断られることは織り込み済みではありました。だからこそ、アプローチするお客様の「母数」を増やす必要があると思って、会社に寝泊まりするハードワークを自分に課していたわけですが、実際にバンバン断られることの精神的ダメージの深さは想像をはるかに超えていました。

 特に、「もう少しで契約をお預かりできる」というタイミングで断られることが続いたときには、世の中全体からシャットアウトされたような、目の前が真っ暗になるような思いがしたものです。

 今でも、鮮明に覚えてますが、お客様からお断りの連絡が続いて、ショックのあまり、駅のホームの椅子でボーッと座り込んでいたり、繁華街のど真ん中でボーッと突っ立っていて、ハッと我に返るようなことも何度かありました。

 こうなってくると、当然、営業するのが「怖く」なってきます。

 当時、僕は電話でアポを取っていましたが、その電話に対する恐怖感が半端じゃないほど大きくなるのです。電話をかけても、ほとんどは「無視される」か「断られる」かされるうえに、そこをクリアできても成約までいけるのはほんのわずか。一本の電話の「先」にある未来を思うと、思わず躊躇してしまう自分がいたのです。

金沢景敏(かなざわ・あきとし)
元プルデンシャル生命保険ライフプランナー AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
入社1年目にして、プルデンシャル生命保険の国内営業社員約3200人中の1位(個人保険部門)になったのみならず、日本の生命保険募集人登録者、約120万人の中で毎年60人前後しか認定されない「Top of the Table(TOT)」に3年目で到達。最終的には、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な実績を残した。
1979年大阪府出身。東大寺学園高校では野球部に所属し、卒業後は浪人生活を経て、早稲田大学理工学部に入学。実家が営んでいた事業の倒産を機に、学費の負担を減らすため早稲田大学を中退し、京都大学への再受験を決意。2ヵ月の猛烈な受験勉強を経て京都大学工学部に再入学。京都大学ではアメリカンフットボール部で活躍した。
大学卒業後、2005年にTBS入社。スポーツ番組のディレクターや編成などを担当したが、テレビ局の看板で「自分がエラくなった」と勘違いしている自分自身に疑問を感じて、2012年に退職。完全歩合制の世界で自分を試すべく、プルデンシャル生命保険に転職した。当初は、アポを入れようとしても拒否されたり、軽んじられるなどの“洗礼”を受けたほか、知人に無理やり売りつけようとして、人間関係を傷つけてしまうなどの苦渋も味わう。思うように成績を上げられず苦戦を強いられるなか、一冊の本との出会いから、「売ろうとするから、売れない」ことに気づき、営業スタイルを一変させる。
そして、1年目にして個人保険部門で日本一。また3年目には、卓越した生命保険・金融プロフェッショナル組織MDRT(Million Dollar Round Table)の6倍基準である「Top of the Table(TOT)」に到達。最終的には、自ら営業をすることなく「あなたから買いたい」と言われる営業スタイルを確立し、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な業績をあげた。
2020年10月、プルデンシャル生命保険を退職。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReebo(アスリーボ)株式会社を起業した。著書に『超★営業思考』(ダイヤモンド社)。