40歳を目前にして会社を辞め、一生懸命生きることをやめた韓国人著者のエッセイが、日韓で累計40万部のベストセラーとなっている。『あやうく一生懸命生きるところだった』という本だ。2020年の「日本タイトルだけ大賞」で大賞を受賞したインパクトあるタイトルに加え、その内容にも「心が軽くなった」「読んで救われた」「人生のモヤモヤが晴れた」と共感・絶賛の声が相次ぎ、最近では「メンタル本大賞」にもノミネートされている。今年1月には、待望の続編『今日も言い訳しながら生きてます』も発売された本書から、その一部を抜粋して紹介していく。

僕らを悩ませる「人生マニュアル」

 もう、うんざりだ。年相応に持って然しかるべきものが、こうも多いとは。

 僕らの社会には、”この年齢ならこれくらいは”という「人生マニュアル」が存在する。誰も見たことがないのに誰もが知っているマニュアルだ。

 そして、誰もがそれに合わせようと努力する。そうじゃないと不安だから。自分だけが取り残されるような気がするから。

 子どもの頃は、このマニュアルのプレッシャーを気にも留めなかった。希望に満ち溢れ、無限の可能性を信じられる時期でもあったから、たとえ今すぐ何かを手に入れられなくても落ち込みはしなかった。

 しかし、ある程度年を重ねてくると、世間の目が突然冷たく感じられるようになった。

「いい年して、今まで何してたの?」と。

 確かに何をしてきたんだろう? マニュアルの項目ひとつさえクリアできていないから「年がいもない」と言われても返す言葉がない。この先、50代、60代と年を取るたびにその項目は増えていくだろうが、マニュアルからどんどんかけ離れていく気しかしない。

自分はそれでいいのに、世間はダメだと言う

 40代となった今も、未婚で賃貸暮らし、車もない。だけど不便でもなければ、悲しくもない。

 問題は、自分の気持ちにかかわらず、周囲の人々が「かわいそう」「なさけない」という目で見てくることだ。そのたびに、僕は空気を読んでかわいそうなふりをする。

 いや、間違いなくかわいそうである。もともとは悲惨でもなんでもなかったのに、そんなレッテルを貼られたせいか残念な気分になった。

 自分の人生なのに、自分の気持ちなのに、どうして他人の評価によって大丈夫だったり大丈夫じゃなかったりするんだろう?

 さっぱり見当がつかない。

(本原稿は、ハ・ワン著、岡崎暢子訳『あやうく一生懸命生きるところだった』からの抜粋です)