『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、16万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、発達障害のひとつであるADHD(注意欠陥・多動症)の当事者である借金玉氏。小中学校で不登校を繰り返し、高校も落第寸前で卒業したという借金玉氏は、のちに独学で早稲田大学に入学を果たした。同じように学校での学びに困難を抱える小中学生にとって、人生で「大逆転」を果たすのに、独学は格好の切り札になるだろう。その際、『独学大全』は強力な武器になると話す借金玉氏に、その活用法を聞いた。(取材・構成/藤田美菜子、プロフィール写真/疋田千里)
学校になじめず「独学」せざるを得なかった
――借金玉さんは、小中学校時代から「独学」で学んでいたのですか?
借金玉 ほぼ独学でした。というのも、学校で「みんなと同じ時間に集中して授業を聞く」ということがどうにも苦手だったからです。とにかく教科書の忘れ物は毎日だし、生意気なので先生からも嫌われていたし……。まぁ、ちゃんと典型的なADHDの子どもでした。
中学校に入ると算数が数学に変わったり、英語が始まったりで、小学校とは一気に世界が変わりますよね。そこで、完全に一度挫折しました。英語も「be動詞」がまったく理解できず、中1から苦しんだ記憶があります。僕は新しいルールや規則を理解するのが本当に苦手なんですよね。人の5倍は時間がかかります。たった7つの手順が覚えられなくて流れ作業のアルバイトもクビになりました。
そもそも、中学時代は勉強そのものにほぼ関心がありませんでした。高校も、正直何も勉強しなくても入れるところに行きましたしね。
そんなわけで、独学を本格的に始めたのは高校3年生のときです。ネットの掲示板で「大学に行かないと大変なことになるらしい」と知り(笑)、遅ればせながら受験する気になったのです。
とはいえ、過去問を買ってみたところ、学校の授業だけではとても追いつけないと気づきました。「そもそも学校の授業が受験に対応していない」ってやつですね。これは本当にどうしようもない。そこで、予備校が出している参考書と過去問を併用しながら、多少は取りこぼしても「とにかく一周、出来ればもう一周」することを目指して勉強していました。今思うと、残り時間が限られていたのが逆に良かった。「完璧を期したら絶対に間に合わない」って諦めがありましたから。
1回目は地元の教育学部(残念ながら教師志望の方々と全く気が合わず1ヵ月で退学)、2回目は早稲田大学と2回大学受験をしているのですが、両方とも過去問を中心に解きまくる、というやり方で合格しています。高校の授業は正直質が低かったとしか言いようがなくて、「いかに授業を無視して勉強するか」みたいな感じでしたね。
――受験勉強では「集中」できたのですか?
借金玉 いえ、かなりつらかったです。
ただ、小さい頃から、本を読む習慣だけはあったことが幸いした気がします。文章を読む力だけはついていたので。もっというと、「本を読んでも理解できない」ことに慣れていたんです。本って大抵のところ「読んだら即わかる」ものではないじゃないですか。必要な知識や考え方、あるいは語彙が揃わないと理解できないことも多い。受験勉強も同じで、読んで即頭に入るわけではないし、わからないことも当然ある。そこで絶望せず続けることが大切です。本当に、読書経験は底支えになってくました。「わからない」ことに慣れているのって大切です。
伝えたいこと1:「悔しさ」こそが燃料になる
――かつての借金玉さんと同じように、学校での学びに困難を感じている子どもたちに、どのように「独学」を勧めますか?
借金玉 すごく荒っぽいのですが、「君は今、勉強していないために、いろんな人からめちゃめちゃ舐められてる。正直、君が何を言おうともそのバックボーンになる学力がないのだから僕だって君のことを舐めてしまう。それってすごく腹が立たない?」と言いたいですね。「学校で大きな顔をしているやつらより、自分のほうが勉強できたら痛快じゃない?」と。それが、学ぶことへのモチベーションになると思うので。
正直に言って、僕は「勉強が楽しい」という感覚だけで独学がやれるとは思っていないんですよ。楽しいのが一番なのはもちろんそうなんですけれど。
社会への怒り、なぜ自分は評価されないんだという苛立ち、テストで点が取れる同級生への嫉妬――子どもの中には大抵、そういう感情が渦巻いているものだと思います。そんなとき、多くの子どもはその感情を押し殺そうとするけれど、その悔しさこそが自分に火をつけてくれる。ここで、「自分は出来ない人間だからしょうがない」に逃避しないことが大切だと思います。
そんなとき『独学大全』の出番ですよね。
極端な話、この本は買ってすぐに読まなくてもいい。いわば、自分に火がついたとき、その火を移すための「薪」として本棚に置いておくべきものです。なにしろ馬鹿でかい薪なので、いざ火を移したときの燃焼量はすさまじい。
逆に、買ったその日にこの本をまる一冊“燃やせる”人は、そういないでしょう。でも、生きていれば「悔しい」と思う日、「学ばなければいけない」と感じるそんな日が来ます。この本が本棚にあったら、これほど心強いことはないと思います。
この本を手に取った人は、みんな何かしらの悔しさを抱えているはず。その悔しさを大事にしてくださいと、特に若い人には言いたいですね。
伝えたいこと2:勉強とは机に向かって苦行に耐えることではない
――10代で読むには、ややレベルが高いようにも思える『独学大全』ですが、どのあたりが「読みどころ」だと考えますか?
借金玉 僕が子どもの頃もそうでしたが、子どもにとって、勉強なんて「机に向かって教科書を何ページ進める」くらいの解像度でしか見えていないものだと思うんです。
一方、この『独学大全』には、「勉強とはなんぞや」ということが繰り返し書かれています。この本をざっと読めば、勉強とはただ目の前の問題にガリガリと向き合って、ひたすらテストで点数を取るという、あのフワッとしたすごく嫌なものではないということに気づく。ここがまず、とても重要な点だと思います。
その気づきがあって初めて、勉強というものが一つの「体系」であることが理解できる。縦の流れがあって、横の広がりがあって、受験という当面の、それでいてまったく決定的ではないゴールがあって……という、ある種の構造が浮かび上がってくるわけです。
その構造をとらえた上で、あらゆる角度から勉強するアプローチを教えてくれるのが、この本の真骨頂。ここに至って、もはや勉強とは、ただ苦痛に耐えて面白くもない知識を頭に入れるだけのものではなくなります。僕が子どもの頃に、この本と出会えていたらよかったのになと、心底思いますね。「おっ、これはなじみがある」みたいなのもたくさんあって、自分がやってきた独学もそれほど外れていなかったなと思わせてくれるのもうれしい。
圧倒的オーラで学びを促す「知のモノリス」
借金玉 もうひとつ、本書の優れている点は、物理的サイズのメリットで、「なくならないこと」ではないでしょうか。
――「物理的になくならない」というと?
著書を読んだ方はご存じでしょうが、僕はカギや財布の類いをしょっちゅう部屋の中でなくすんです。本もしかりで、同じ本を5冊くらい買ってしまったことも。でも、この本に限っては、一度も探すのに苦労したことがありません(笑)。
異様にデカいし、常に本棚で妙なオーラを放っているので、この本が部屋にあるだけで、だいぶ人生が「学ぶ方向」に曲がる確率が高くなると思います。なにせ、勉強する気にならない限り、「俺はここにいるぞ、お前は俺を無視し続けているぞ」と、本がずっと訴えかけてくるわけですから。圧倒的存在感のあるモノリス(※石柱状の、謎の物体。元は『2001年宇宙の旅』に出てくる)みたいなものですね。
『独学大全』の中に「書物は待ってくれる」というフレーズが出てきます(P350)。
このフレーズは、「過去の書物は、新たな解釈や読み方によって改訂されることを待っている」という意味で登場するのですが、僕は別の解釈もできると思っているのです――すなわち、書物は「あなたが読んでくれる日を」待ってくれる、と。
1985年、北海道生まれ。ADHD(注意欠如・多動症)と診断されコンサータを服用して暮らす発達障害者。二次障害に双極性障害。幼少期から社会適応がまるでできず、小学校、中学校と不登校をくりかえし、高校は落第寸前で卒業。極貧シェアハウス生活を経て、早稲田大学に入学。卒業後、大手金融機関に就職するが、何ひとつ仕事ができず2年で退職。その後、かき集めた出資金を元手に一発逆転を狙って飲食業界で起業、貿易事業等に進出し経営を多角化。一時は従業員が10人ほどまで拡大し波に乗るも、いろいろなつらいことがあって事業破綻。2000万円の借金を抱える。飛び降りるためのビルを探すなどの日々を送ったが、1年かけて「うつの底」からはい出し、非正規雇用の不動産営業マンとして働き始める。現在は、不動産営業とライター・作家業をかけ持ちする。最新刊は『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』。