シナモンAI共同創業者として、多くの企業にAIソリューションを提供して、日本のDXを推進する堀田創さんと、『アフターデジタル』『ネットビジネス進化論』をはじめ、数々のベストセラーでIT業界を牽引する尾原和啓さんがタッグを組んだ『ダブルハーベスト──勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン』(ダイヤモンド社)が刊行された。「このままでは日本はデジタル後進国になってしまう」「日本をAI先進国にしたい」という強い思いでまとめられた同書は、発売直後にAmazonビジネス書第1位を獲得し、さまざまな業界のトップランナーたちからも大絶賛を集めているという。
データを育てて収穫する「ハーベストループ」とは何か。それを二重(ダブル)で回すとはどういうことか。IT業界の最長老を自認するドワンゴ代表の夏野剛さんをゲストにお招きして、AIを使ってDXを全社的に進めるときの心得や、乗り越えるべきハードル、間違いやすいポイントについて、シナモンAI代表の平野未来さんとともに聞いた(構成:田中幸宏)。
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「部門予算」でDXをやる会社が、3年後に後悔すること【ゲスト:夏野剛さん】
いまだに消えない
「AI担当=情報システム部署」という誤解
堀田創(以下、堀田) 日本の産業を見たときに、なかなかDX(デジタルトランスフォーメーション)の波にうまく乗り切れていないように思うのですが、このチャンスを活かすときにはどんな発想が大事になるとお考えですか?
株式会社ドワンゴ 代表取締役社長 / 慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授
早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。ペンシルバニア大学経営大学院(ウォートンスクール)卒。ベンチャー企業副社長を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げ、ドコモ執行役員を務めた。現在は慶應大学の特別招聘教授のほか、株式会社ドワンゴ代表取締役社長、株式会社ムービーウォーカー代表取締役会長、そして、KADOKAWA、トランスコスモス、セガサミーホールディングス、グリー、USEN-NEXT HOLDINGS、日本オラクルの取締役を兼任。このほか経済産業省の未踏IT人材発掘・育成事業の統括プロジェクトマネージャー、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与、内閣官房規制改革推進会議委員も務める。
夏野剛(以下、夏野) DXはすべての産業に当てはまると思っています。大前提として、日本はこれから人口が減っていくので、「AI(人工知能)にやってもらえること」と「人の業務」との分担をつねに見直していくことがすごく大事です。そのなかで、「人間がやらなくていいこと」をできる限り増やしていく。『ダブルハーベスト』の中でも、「我々の仕事のフローそのものがAIのループの中に組み込まれる」という考え方が紹介されていましたが、非常に共感しました。
平野未来(以下、平野) 「ヒューマン・イン・ザ・ループ」や「エキスパート・イン・ザ・ループ」の考え方ですね。おっしゃるとおり、AIと人間が同じループの中に自然な形で入っているというのがすごく重要です。人間が通常の仕事をするだけで、いつのまにかAI向けの学習データが生み出され、AIがどんどん改善されていく。そういうループをつくれるかどうかです。
メディアでは「AIが人間の仕事を奪う」という文脈ばかりが強調されますが、実際には「AIと人が一緒に働く世の中」がやってくるんでしょうね。
夏野 そうですね。AIには子どもみたいなところがあって、最初はたいして成果は出ないけれども、ちゃんと教育していくことによって、だんだん使い物になっていく。それもあって、いまからやっておかないと、すべての産業で人手が足りなくなります。すべての産業がもっと効率化しないと、いまある日本を維持することすらできないわけです。
ところが、企業の方にAIの話をすると、どうしてもデータシステムのことだと思い込んで、「情報システム部がやればいい」という話になりがちなんですよね。だけど、実際にはこれからすべての業務の中にAIが組み込まれていくわけです。そこにデータを流してあげると、AIが勝手に判断して、いままで人がやってきたことを、より効率的に、素早くやってくれるようになる。人間とAIが一体となって、堀田さんのいうパーパス(会社が実現したい未来)に向かうことが重要なので、すべての産業がいますぐにやるべきだと思っています。
シナモンAI代表
シリアル・アントレプレナー。東京大学大学院修了。レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリング等の研究に従事。2005年、2006年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。在学中にネイキッドテクノロジーを創業。iOS/Android/ガラケーでアプリを開発できるミドルウェアを開発・運営。2011年に同社をミクシィに売却。ST.GALLEN SYMPOSIUM LEADERS OF TOMORROW、FORBES JAPAN「起業家ランキング2020」BEST10、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019 イノベーティブ起業家賞、VEUVE CLICQUOT BUSINESS WOMAN AWARD 2019 NEW GENERATION AWARDなど、国内外での受賞多数。また、AWS SUMMIT 2019 基調講演、ミルケン・インスティテュートジャパン・シンポジウム、第45回日本・ASEAN経営者会議、ブルームバーグTHE YEAR AHEAD サミット2019などへ登壇。2020年より内閣官房IT戦略室本部員および内閣府税制調査会特別委員に就任。2021年より内閣府経済財政諮問会議専門委員に就任。プライベートでは2児の母。
平野 日本のDXという観点でいうと、1つよかったのは、コロナによっていろいろなものがデジタル化されたということです。アナログなまますべてが完結していると、なかなかAIの導入は難しいので、デジタル化が進んだのはよかったと思います。
たしかに、いま起きていることのほとんどは、あくまでも「デジタル化」にすぎないので、「DXごっこをしているだけ」などと揶揄されてしまうこともあるんですが、いまの時点では「DXごっこ」でもいいのかなと思っています。
というのも、いまDXに成功している会社の数年前の姿を思い出すと、彼らもAIの戦略的側面なんて全然考えないまま、単なるコスト削減に取り組んでいたわけですから。ですけど、わからないなりにとにかくやってみて、失敗しながら知見を積み上げてきた。そういう時期があったからこそ、いま、DXがうまくいっているわけです。なので、DXごっこでもかまわないので、まずはやってみる。そこからハーベストループを描く形になっていければいいと考えています。
「DXの本質を理解できていない
経営者は去ったほうがいい」
堀田 DXを推進するにあたって、とくに大企業では、組織の動かし方とか、全体戦略と個別の施策をどうやってつなげていくかというところで悩んでいる方が多い印象があります。前回、夏野さんがおっしゃっていたように、DXをうまくいかせるには、トップダウンでの差配が重要なりますから、トップがしっかりしていないと、なかなかDXが実現しないんですよね。だから、事業の責任者が「DXを推進しよう!」と思っても、壁にぶつかってしまう。この壁を乗り越えるうまいやり方はありますか?
夏野 僕自身は、経営陣がハッパをかけてでもDXを進めないと次の時代に行けないと思っているので、予算を個別の部局につけることをせずに、こちらで責任をもって進めています。ですが、上層部がなかなかそういう判断をしてくれない、あるいは、もともとそういう判断をする文化がないという大企業は少なくないでしょうね。
そういう中で、DX、中でもAIのように時間がかかるものについて上層部の理解を得るには、現場にいる人たちが実際に「小さなループ」をつくって回すことが大事だと思います。ただ、これは常道ではありません。正直、ここにきてDXの本質を理解できない経営者は去ったほうがいいと思っています。でも、実際にそういう経営者がたくさんいる日本の現状を見たときに、現場の人たちがループを回して、それを実際に見てもらうことには意味があります。
株式会社シナモン 執行役員/フューチャリスト
1982年生まれ。学生時代より一貫して、ニューラルネットワークなどの人工知能研究に従事し、25歳で慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)。2005・2006年、「IPA未踏ソフトウェア創造事業」に採択。2005年よりシリウステクノロジーズに参画し、位置連動型広告配信システムAdLocalの開発を担当。在学中にネイキッドテクノロジーを創業したのち、同社をmixiに売却。さらに、AI-OCR・音声認識・自然言語処理(NLP)など、人工知能のビジネスソリューションを提供する最注目のAIスタートアップ「シナモンAI」を共同創業。現在は同社のフューチャリストとして活躍し、東南アジアの優秀なエンジニアたちをリードする立場にある。また、「イノベーターの味方であり続けること」を信条に、経営者・リーダー層向けのアドバイザリーやコーチングセッションも実施中。認知科学の知見を参照しながら、人・組織のエフィカシーを高める方法論を探究している。マレーシア在住。『ダブルハーベスト』が初の著書となる。
「こういうデータをこう分析すると、こういう結果が出てくるので、それを応用してこうすれば、こういう効果が出ます」といくら説明しても、「そんなにうまくいくはずない」と言い出す人はいます。だから、実際にやってみて、まずは小さな成功体験を見てもらう。そのうえで、「もしこれを全社展開したら、もっとすごいことになりませんか?」と説得するわけです。概念が理解できていない、あるいは、理解できても確信がもてないという経営者に対して、確信をもって「いける!」と思わせるような証拠をつくって見せることが重要です。
堀田 ハーベストループはダブル、トリプルどころか、超並列処理的に100個のループを同時に回すこともできるはずで、いったん回り出すとどんどん加速していきます。でも、最初の1ループをちゃんと回すには時間がかかって、1カ月で成果を出すのは難しい。小さいループでも大きいループでも2年くらいかけないと、成果を出し切ることはできないという面があります。
いまから2年かけて小さいループを仕込んだあとに、もう1回、2年仕込んでそれを全社展開するとなると、そこまで待てるかどうかというのがハードルになりそうです。
夏野 ただ、小さなループであれば、部署の予算内で実現できるかもしれません。大きなループは大量のデータを要するので、どうしても予算規模が大きくなる。そうすると、会社に隠れてこっそりやるというわけにはいかないんですよね。まずは小さな規模でいいから、1ループつくってみるというのはすごく大事です。
堀田 どうしても動きが鈍い大企業の中だと、まず自分たちで先駆的に小さなループを回して、それがうまくいったというところまでいけば、社内でヒーローになれる可能性があるということですね。
平野 DXがうまくいくかどうかは、パーパス次第というところがあります。自分たちが目指したい未来像がはっきりしている企業さんは、ハーベストループも描きやすい。個別施策と全体感がズレることもありません。でも、自社サイトに経営理念やビジョンを出してすらいなくて、パーパスがはっきりしていないような企業では、アイデアが散発的になってしまいがちで、どこから手をつければいいかが見えてきません。なので、まずはパーパスを明確にし、それを全社に浸透させる必要があります。
組織的には、トップのコミットメントは絶対に必要です。最近では富士通の時田隆仁社長のように、社長兼CDXO(最高デジタル変革責任者)を名乗る方も出てきて、すばらしいと思います。トップのコミットメントと同時に、現場レベルでも、いろんな部門を渡り歩いてきて全体感が見えているような優秀な人がいると強い。トップと現場、上と下の両方がそろっていると、DXは進めやすいと思います。