かつて「人間の仕事を奪う」などと語られたAI(人工知能)は、ビジネスの世界でまったく新たなフェーズを迎えています。いま、DX時代の最前線をひた走る企業たちは、「いかにしてAIをビジネス現場に活用し、それを自社の“持続的な競争優位性”につなげるか」に知恵を傾けるようになりました。
実際、ライバルを寄せつけないほどの競争優位を築いた企業には、「ハーベストループ」と呼ばれる“勝ち続ける仕組み”が存在しています。有名なのはジェフ・ベゾスがAmazon創業前にペーパーナプキンに描いたという「1枚のループ図」です。
そんな「AI×戦略デザインのための思考法」が凝縮された一冊が発売されました。人工知能研究で博士号を取得し、世界のトップAI企業100にも選出された会社を立ち上げた堀田創さんと、「企業戦略×AI」のプロフェッショナルともいうべき尾原和啓さんによる『ダブルハーベスト──勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン』です。
「AIのビジネス実装」の最前線を熟知する2人が明かす、何もしなくても企業が勝ち続ける仕組み「ダブルハーベストループ」とは、どんなものなのでしょうか?「次なる時代の勝ちパターンが見えてくる!」と話題の『ダブルハーベスト』より、本文の一部をご紹介いたします。
★冨山和彦氏/経営共創基盤(IGPI)グループ代表
「『狩猟型』から『収穫型』へ。日本企業のDXに欠かせない発想転換の書」
★安宅和人氏/慶應義塾大学SFC教授・ヤフーCSO
「AI×データの第2フェーズ──そこを駆け抜ける道筋がここにある」
★新浪剛史氏/サントリーホールディングス代表取締役社長
「AIは『戦略デザイン』の時代へ。『真のDX』への必読書」
【各業界のトップランナーたちが大絶賛した、DX時代の戦略フレームワーク!】

600名企業なのに買収額1.7兆円!? 裏側に隠された強靭すぎる「ビジネス構造」と「稼ぎ続けるループ」Photo: Adobe Stock

イスラエルのベンチャーに
1兆7000億円の値がついた理由

 前回の記事では、アマゾンが創業時から構想していた「ダブルハーベストループ」という戦略について解説した。「そのような壮大なビジネスモデルは、アメリカのアマゾンだからできたことで、自分たちには無理だ」と感じる人もいるかもしれないが、決してそんなことはない。

※参考記事
ベゾスがAmazon創業前にメモ書きした「戦わなくても勝ち続けてしまうループ」の図

 このダブルハーベストループを回したことで、わずか600名ほどの企業に約1兆7000億円もの値がついた例がある。

 イスラエルの「モービルアイ(Mobileye)」は、車載カメラによる車両検知や事故防止のシステムを提供する企業だ。自動運転の実用化で先行するテスラのオートパイロットに採用されるなど、画像認識技術に優れており、同社は2017年に1兆7000億円でインテルに買収された。

 モービルアイは走行試験を重ねて路面状況の画像データを大量に蓄積することで、まずクラウド上に高精細なロードマップを描くことができる。それによって事故が防げるようになるというのが、当面のバリューとなる。

 路上画像が蓄積され、画像処理AIが強化されて、事故予測AIの精度が上がるのが1回目の「収穫」である。走行距離が増えるほど、画像データもたまるので、AIがそれだけ賢くなる。図中のハーベストループ①だ。

600名企業なのに買収額1.7兆円!? 裏側に隠された強靭すぎる「ビジネス構造」と「稼ぎ続けるループ」

 自動運転といっても、すべてその場で画像センサーを使った処理をしているわけではない。人間が見ている道路地図よりもはるかに細かいロードマップに基づいて運転するのが基本だ。

 センターラインや車線、路肩や歩道の段差、ガードレールによって走行レーンがはっきり認識できる道だけとは限らない。そもそも車線がはっきりしない区間も多く、夜間や雨天、降雪によって走行レーンが見えなくなることもある。

 道路標識や車線の色、信号、交差点の形状、横断歩道の有無など、もっと細かな情報も必要になる。しかも、一時的に道路工事が入って変更を余儀なくされることもあれば、渋滞が発生して身動きがとれなくなることもある。そうした地図の精度が高いほど、安全運転が可能になる。

 そこで、モービルアイは蓄積された路上画像データに位置情報を紐付けることで、高精細なマップをリアルタイムに更新できるようにした。これこそが、モービルアイが他社に負けない構造を築くことになった最大のポイントだ。マップの精度が上がり、更新頻度も上がれば、事故予測AIの精度はさらに高まるからだ。これが図中のハーベストループ②が生み出す価値だ。