コロナ禍の今
日本社会をどう見るか

―― 20歳になったばかりの記者の日常はどういうものでしたか?

高杉 当時の「石油化学新聞」は週2回刊でした。まず、朝一番で通産省へ直行するわけです。毎朝現れるわけだから、嫌な顔をする官僚もいるし、そうじゃない人もいる。僕は入社後すぐに石油化学業界の情報を相当持っている記者になりました。思い立ったらすぐに動きだす性格なので、入手する情報量も多い。やがて官僚たちから「この記事は、君が書いたんだろう」とか言われるようになりました。

――通産省で毎朝取材した後はどこへ?

高杉 日本化学工業協会から独立したばかりの石油化学工業協会(石化協)へ回りました。通産省の向かい側、イイノビル2階にありました。すぐそばです。

――それから個別企業の取材に行くわけですね。

高杉 新聞の発行が週2回だから、締め切りも週2回です。締め切り日以外の日は夕方ぐらいに顔を出し、締め切り日は10時ぐらいから記事を書いていました。

――その後、エチレンの不況カルテルや日本合成ゴムの民営化などで数々のスクープを飛ばし、そして39歳で初めての経済小説『虚構の城』で作家としてデビューします。50代では『金融腐蝕列島』シリーズで世を震撼させました。この間の作品歴は『破天荒』を読んでいただきましょう。最後に、混乱を極めるコロナ禍の日本について、どのように見ておられるかお聞かせください。

高杉 三権分立といいますが、実態としては政治が突出して強いんですよ。ところがその政治がずっこけている。ですから日本は政治だけでなく経済も弱くなりましたよね。

――統治能力ですか?

高杉 ずっこけているのは菅さんです。こういう危機の時こそ政治が重要なわけですが、だれが見てもわかるように、鈍い総理をいただく日本国民は本当に不幸です。

――こんなときこそ、日本が元気だった時代の破天荒な生き方を読んでほしいです。特に高校生に読んでもらいたいですね。ありがとうございました。

【取材後記】高校生時代に書いた小説「自轉車」を読んですぐに頭に浮かんだ情景は、同じ自転車をモチーフにしたフランソワ・トリュフォー監督の短編映画「あこがれ」の一場面でした。なんと両作品とも同じ1958年に発表されていました。同じ空気感が漂っていたのは当然だったのかもしれません。
たかすぎ・りょう/1939年生まれ。出光興産をモデルにした『虚構の城』でデビュー。綿密な取材に基づき、リアリズムを追求した重厚な作品で経済小説の新境地を開く。『小説 日本興業銀行』『青年社長』『腐蝕生保』ほか著書多数 。