現在、テレビやYouTubeで圧倒的な人気を集める、ひろゆき氏。
16万部を突破したベストセラー『1%の努力』では、その考え方について深く掘り下げ、人生のターニングポイントでどのような判断をして、いかに彼が今の立ち位置を築き上げてきたのかを明らかに語った。
「変わったやつが、変わったことを言っている」
1976年。僕は神奈川県で生まれ、幼少の頃に東京都北区の赤羽(あかばね)に移り、そこで育った。
「お金がなくても生きられる」
「働かなくても別に全然かまわない」
僕の根底部分にはそんな考えがある。たぶん、世の中の常識とは真逆だ。
では、なぜ、そう心の底から思えるのか。
僕は、テレビやイベントに呼ばれてコメントを求められることが多い。すると、
「変わったやつが、変なことを言っている」
そんな意見をたまに見かける。僕は相手を変えるようなことは特にしない。けれど、「ズレ」は解消したほうがいいと思う。
YouTubeで質問に答えたことに対して、「いや、それはお前だからできるんだろう」と、反射的に批判する人がいる。
「月5万円あれば暮らせますよ」と僕が言ったとしよう。学生時代のお金がなかった頃を思い出し、「貧乏だったけど、それなりに工夫してやってこれたな……」と思える人は、僕の話を理解してくれる。
一方で、子どもの頃から何不自由なく暮らしてきて、実家暮らしで給料のほとんどを自分へのご褒美に使ってきたとしたら、理解してもらえないだろう。
そのズレを乗り越えるには、「前提が違うんじゃないか?」と考えてみるのがいい。
考え方が異なる人が現れたら、この言葉を思い出すようにして自分の頭で考えてみよう。違和感を楽しめる思考や目の前のことを楽しめるスキルは、長い人生でもきっと役に立つはずだ。
何が「普通」なんだろう?
僕の小学校の9割くらいの子は団地に住んでいた。それ以外が一軒家だった。
だから、僕の中では団地に住んでいる人たちが「普通」だったのだ。
僕が住んでいたのは、「国税局宿舎」だった。構造上は団地で、国税局の職員だけが住めた。
いま、ネット上では「子ども部屋おじさん・おばさん」というスラングが流行っている。20歳を過ぎても実家に住み続け、子ども部屋のまま、勉強机やベッドを使い続けて30歳、40歳、50歳になっていく独身の人たちのことだ。
僕の周りには、生活保護の大人がすごく多くて、子ども部屋おじさん・おばさんやニートがたくさんいた。だから、大人が働いていない状況を、当たり前のように感じられる。
「あそこんちの子は何してんだろうね」「昼間ぷらぷらしてるけど大丈夫かね」と、日常的に心配する光景をよく目にした。
それがそんなに悪いことだと思ってないようで、親御さんたちも隠そうともしなかった。
守らなければならない世間体のラインが、異様に低かったのだ。