【第3位】撮影の仕事なのにカメラを忘れた
専門家にインタビューをして原稿を書くという仕事があった。私は記事も書くけれど、写真も撮るので、この仕事ではカメラマンとライターの2つを担うことになっていた。
その日の朝、仕事に向かうため、リュックサックにICレコーダーなどを入れて外に出た。晴れていて、とても気持ちのいい空だった。自転車をこいで駅に行き、電車に乗る。窓の外の流れる景色は平和な1日のお手本のようだった。
現場に着くと、専門家の方とは初対面だったので、名刺交換をして、「まずは撮影させてください」と言いながら、リュックサックを開けた。その瞬間、気持ちのいい空も、お手本のような平和な1日も崩れ去っていった。空の青は私に乗り移り、私の顔を青ざめさせた。平和は一瞬で過去のものとなった。
専門家の方が私のその様子を察したのか、「大丈夫ですか?」と声をかけた。私は「大丈夫です」と声優に初挑戦したアイドルの演技のような感じで答えた。
大丈夫なふりをしたのだ。リュックサックにはカメラが入っていないとダメなのだ。しかし、リュックサックにはカメラが入っていないのだ。まったく入っていない。家を出る前を振り返っても、たしかに入れた覚えがない。まったくない。つまり全然大丈夫じゃないのだ。しかし、私は大丈夫なふりをした。
この本に素晴らしき一文がある。
「選択には正解がない。その状況で自分に合ったものを探し出すことが最高の選択となる」
私は「今回の記事はスマホの記事なので、お写真もスマホで撮っちゃおうという趣向です」と説明して、当たり前のようにスマホで専門家の方を撮影した。最高の選択。本来であれば、家を出る前に持ち物の確認をするという選択をしなければならない。
しかし、この本にも書いてある。
「過去の誤った選択に未練を抱く必要はない。その未練は何の助けにもならず今の自分のコンディションを乱すだけだ」
そういうことなのだ。何事もなかったかのように、撮影を終わらせた。心臓はずっとバクバク言っていたけど。