「2025年の崖」「ISO 30414」への対応も喫緊の課題
さらに、大手企業は「2025年の崖」や「ISO 30414」への対応も迫られている。
「2025年の崖」とは、複雑化・ブラックボックス化したレガシーシステムが企業や経済に及ぼすリスクのこと。
経済産業省の「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」でも指摘されているが、25年までに予想されるIT人材の引退やシステムのサポート終了などが国際競争力の低下や経済停滞を招く可能性がある。そのため、レガシーシステムを持つ大手企業は、人事領域も含め、システムの刷新が喫緊の課題となっているのだ。
一方、「ISO 30414」とは、ISO(国際標準化機構)が定めた「社内外への人的資本レポーティングのガイドライン」のこと。
開示するメトリック(測定基準)として、コンプライアンスと倫理、コスト、ダイバーシティーなど11領域58項目が示されている。米国では20年11月にSEC(証券取引委員会)が上場企業に対して人的資本の開示を義務化した。どのメトリックで開示するかは企業の判断に委ねられているが、今後はISO 30414に準拠したルールになる見通しだ。
「日本の上場企業も人的資本の開示の準備を始めています。現時点では法的拘束力はありませんが、金融庁や東京証券取引所が開示を求めるようになるでしょう。開示情報は客観的なデータを用いて説明することが求められているため、HRテクノロジーによるデータに基づいた人事管理が必須となります」
従業員エンゲージメントを向上させるHRテクノロジー
タレントマネジメントシステムは現在、採用から育成、評価、最適配置、組織改善まで、人材活用を支援するさまざまなアプリケーションが登場しているが、最先端ではどのような取り組みが行われているのだろうか。
「今、注目されているのは、従業員一人一人のパフォーマンスの最大化やエンゲージメントの向上です。
例えば、タレントマネジメントシステムとラーニングシステムを連携させ、自分の目指したいキャリアを入力すると、次に何を学ぶべきか、あるいは自分の現在のスキルとキャリアを入れると次はどういう経験を積むべきかがレコメンドされる、といったスキルクラウドを導入する企業が増え始めています。
一人一人が希望するキャリアに合わせた学習や配置が可能になること、個人の成長を可視化できることがメリットです」
また、従業員エンゲージメント向上への取り組みは離職防止だけでなく、業績や株価のアップも期待できるという。
「今では、世界中で従業員エンゲージメントと業績に相関があるというエビデンスが蓄積されています。また、企業価値に占める非財務資産の割合はS&P 500の企業で90%にも及び、財務諸表の情報は10%しか企業価値を示していないという研究結果があるように、従業員エンゲージメントの向上に力を入れている企業は株価も上昇する傾向があります」
人材の流動化が進み、人材獲得競争が激しくなる中、経営戦略と従業員エンゲージメント向上の両立が今後の企業経営の大きな課題となりそうだ。
中小企業やスタートアップにも広がる
HRテクノロジーを活用したタレントマネジメントは、中小企業やスタートアップにも広がり始めた。その要因について、岩本特任教授は次のように話す。
「中小企業においても採用難や離職は切実な問題になっていることに加え、安価で簡単に使えるパッケージ化されたクラウドアプリケーションが一般化していることが主な要因として挙げられるでしょう。IT導入補助金による国の後押しもあります」
最近は、事業承継のタイミングでHRテクノロジーを導入する中小企業も増えているという。創業者は経験と勘で従業員のマネジメントを行ってきたが、それを2代目に引き継ぐことは難しい。そこで創業者のノウハウをデータに落とし込んでおこうというわけだ。
また、成長著しいスタートアップもタレントマネジメントシステムの導入に積極的だ。人事領域の効率化から採用強化、評価業務の効率化、最適な人材配置まで、事業の特性や成長に合わせて利用範囲を広げている。