森鷗外は、ドイツ留学の体験を元にしつつ、西洋文化を「翻訳」して日本に伝えた作家である。彼は実際に、アンデルセンの『即興詩人』やゲーテの『ファウスト』などを訳している。彼の小説の文体は、時に、西欧の言葉に翻訳されるのを前提にしているかのようだ。また、諸作品にはさまざまな問題意識が込められている。処女作といわれる『舞姫』もそうだ。今回は、同作を通じて、性やジェンダーに関わる鷗外の思想に触れたい。(ライター 正木伸城)
圧倒的な人気を集めた鷗外
西洋文芸を日本の文壇に浸透させた
東京都文京区にある森鷗外記念館に、鷗外の胸像が所蔵されている。1911年に雑誌『文章世界』が実施した「文界十傑投票募集」の結果、鷗外が1位になった副賞として贈られたものだ。票数を見ると、当時の鷗外の人気を知ることができる。
森鷗外 1万5190票
昇曙夢 693票
坪内逍遥 346票
相馬御風 287票
馬場孤蝶 203票
内田魯庵 201票
まさに「圧勝」である。彼の作品の特徴は、西洋文芸を日本の文壇に浸透させようと、文体を工夫した点にある。また、政治的なメッセージが込められていることも少なくない。
20世紀初頭、日露戦争(1904~05年)に勝った日本は激動期を迎えていた。明治維新以来、日本は西洋文化を取り入れ、「日本化」してきた。森鷗外も文壇において日本化をけん引し、西洋文化の翻訳者として活躍した。また、自身の留学体験を作品に投影した。『舞姫』もその一書で、作中に出てくる会話などの“原作”はもちろんドイツ語である。
ドイツを舞台に太田豊太郎とエリスが恋に落ちる
『舞姫』は、ドイツを舞台に主人公・太田豊太郎がエリスという女性と恋に落ちる物語だ。豊太郎は留学時、「縦(たと)いいかなる境に遊びても、あだなる美観に心をば動(うごか)さじの誓(ちかい)」を立て、わき目もふらず3年を過ごしたという。だが、性欲を管理し、異性との関係を遠ざけた末にエリスに出会い、性欲の高揚を感じる。以降、豊太郎はエリスと関係をもつ。しかしある時、上司の意にそむいたとされ、免職になってしまう。その後、友人の仲介で日本の新聞の通信員の仕事を得るのだった。
エリスとともに貧しくとも幸せな日々を送っていた豊太郎だが、ロシアを訪問することになった天方(あまがた)大臣に同行する機会があり、それを契機に日本での出世の道が開ける。時を同じくしてエリスは豊太郎の子を身ごもっていた。豊太郎は、日本に帰国するか、エリスを選びドイツに残るかの選択を迫られ、最終的に、エリスに何も告げず帰国を決めてしまう。エリスは病床に伏し、発狂してしまった――。
豊太郎が西洋に渡った目的は、西洋の文明に接し、学問体系を学ぶことだった。それが、エリスと出会い、恋愛に発展する。そして彼は、酷なことに彼女より出世を選ぶ。
この小説の重要なコンセプトの一つは、押し殺してきた性欲が抑えきれなくなるという話だ。小説にはよくある題材だが、注目すべきは豊太郎の「内省」である。内省形式はそれまでの恋愛小説にはほぼ見られなかった。
この点について、日本文学研究者の西成彦は「古来、男と女の恋に関してどれだけ多くの文学が書かれたとしても、性欲につまずき、それが理由で主人公が絶望の淵に沈むというような物語は、ロマンに欠けるせいでしょうか、ほとんど書かれたためしがなかった」と分析している。
豊太郎に「我(わが)心はこの時(=出国間際の時)までも定まらず、故郷を憶(おも)う念と栄達を求むる心とは、時として愛情を圧せんとせし」と言わしめる作者・鷗外は、主人公の内面の揺れ動きを描く点で、新しい。