「芥川龍之介」と聞いてその名を知らない人はほとんどいないと思う。今の若者の圧倒的多数は、高校の「国語総合」で彼の作品「羅生門」を学んでいる。また、文学の権威ある賞が「芥川龍之介賞(通称〈芥川賞〉)」と呼ばれていることからも、知名度、また評価ともに日本文学史上最も高い作家の一人であるといえる。今回は、価値観が多様化する昨今にあっても、多くの世代で共通の話題にすることができる稀有(けう)な作品、『羅生門』を解題する。(ライター 正木伸城)

世界的な作家が無名だった頃の
短編『羅生門』

芥川龍之介『羅生門』が描いた「正義への居直り」の危うさとは?
芥川龍之介『羅生門』の魅力とは? Photo:PIXTA

 芥川研究で著名な関口安義氏は、芥川龍之介が、21世紀になって再び世界的に関心を集め、ブームになっていると指摘した。実際、今回取り上げる「羅生門」には30以上の翻訳があり、海外でも多くの読者を獲得している。

 なぜ、芥川龍之介は世界を魅了できるのか。黒澤明監督の映画『羅生門』が国際的に知られたことはその原因の一つだが、もちろん作品の良質さ、また、彼が35歳という若さで自死したことやその風貌などから、奇怪かつ神妙にとらえられ、カリスマ的に祭り上げられてきたことにも起因する。

「羅生門」は、そんな彼がまだ無名だった1915年(大正4年)に雑誌「帝国文学」で発表された作品である。本文の長さは、本稿で参照する1968年の文庫本ではわずか10ページほど。短編である。