アーティストに学ぶ「公平さ」こそがモノを売る極意Photo: Adobe Stock

人々を熱狂させる未来を“先取り”し続けてきた「音楽」に目を向けることで、どんなヒントが得られるのだろうか? オバマ政権で経済ブレーンを務めた経済学者による『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』がついに刊行となった。自身も熱烈なロックファンだという経済学の重鎮アラン・B・クルーガーが、音楽やアーティストの分析を通じて、ビジネスや人生を切り開くための道を探った一冊だ。同書の一部を抜粋して紹介する。

ファンと直接つながる
「中抜き」モデル

 あまり知られていないミュージシャンが目を向けている新しいモデルの1つに、ファンがアーティストに直接お金を支払う購読サービスがある。

 たとえばペイトリオン・ドットコムでは、アーティストが月の購読料(やダウンロード件数あたりの料金)を決め、サイトを通じて自分が創った音楽を提供する。

 アーティストは売り上げの90%を受け取る。

 この割合はレコード会社の場合と実質的に逆だ。

 シンガー・ソングライターのアマンダ・パーマーは、自身が書いた「マシェティ」という曲と、デイヴィッド・ボウイへのトリビュートで「ストラング・アウト・イン・ヘヴン──ボウイ・ストリング・カルテット・トリビュート」と題されたアルバムを、ペイトリオンだけでリリースした。

 彼女は1万1000人を超える聴き手を得て、2年で100万ドル以上のお金を手にした。

 パーマーが言うとおりだ。

 「2008年に自分のレーベルを立ち上げて以来、ずっと苦労してきた。そうしてやっと、ずっと応援してくれているみなさんに向けて、曲をずっといつでも提供していける(それから、お金を受け取れる)ぴったりの場が見つかった」

 彼女はキックスターターを使ってクラウドファンディングでお金を集め、音楽やビデオを創る費用を賄った。

 レディオヘッドの実験が示したことは他にもある。

 それはパイの分け方を巡る経済学の実験で、すでに何度も確認されていることだった。

 みんながみんな、己が損得だけで動くわけじゃないってことだ。

 2人の人を対象にした、パイの分け方を巡る実験(よく、最後通牒ゲームと呼ばれている)がある。

 1人目のプレイヤーは、大きさの決まったパイ、たとえば100ドルを、自分と2人目のプレイヤーの間でどう分けるかについて提案を持ちかける。

 2人目のプレイヤーはその提案を受け入れるか断るかのどちらかを選ぶ。

 断れば、2人とも何も貰えない。

 受け入れれば、2人はそれぞれ、1人目のプレイヤーが持ちかけた提案どおりの額を受け取る。

 この状況であなたが1人目のプレイヤーなら、2人目のプレイヤーにいくら渡すよと言いますか?

 1人目にとって最適な戦略は、2人目に捨て扶持みたいな額を持ちかけることだ。

 1セントとか。

 2人目のプレイヤーはそんな提案でも受け入れざるを得ない。

 何も貰えないよりはいくらかでも受け取れるほうがましだからだ。

 それなら1人目のプレイヤーはパイの大部分をせしめることになる。

 もちろん人はだいたい、お情けみたいな分け前なんて不公平だと思う。

 そして実際、1人目のプレイヤーはだいたい、半分ずつぐらいの額を提案する。

 それが公平な分け方だと思うからだ。

 パイの大部分をせしめるような提案をすると、提案が断られることがよくある。

 2人目のプレイヤーは受け取れるはずだったお金を、全力で蹴っ飛ばす。

 そんな提案、不公平だと思うからだ。

 レディオヘッドの「言い値で売ります」実験は、本物の世界でも、公平さに気を配ることで人を動かせるのだと示した。

 世の中、心の広い人もいれば欲の深い人もいる。

 それは間違いない。

 もっとお金を出す気のあるお客さんからもっとお代を受け取る方法を、ミュージシャンたちが見つけ出すことがどんどん増えている。

 これは価格差別というやり方だ。

 実は、テイラー・スウィフトが「レピュテイション」を発表したときの戦略は、巧妙な価格差別だったと見ることができる。

 一番たくさん払う気があるのは彼女のコアなファンで、アルバムが出たらすぐに買うのを選んだ。

 もっと価格に敏感な他の人たちは、ストリーミング・サービスで聴けるようになるまで待った。

(本原稿は『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』(アラン・B・クルーガー著、望月衛訳)からの抜粋です)