10年先までなら見通しを立てることができる

橋本 日本企業の統合報告書を見ると、CO2排出量の削減や、持続可能な原材料しか使わないといった、「ビジネスに伴うネガティブな影響を減らす」というメッセージが目につきます。しかし、それだけだと受け身に終わりかねません。

 CGコードが言う「サステナビリティ課題への積極的・能動的な対応」をするためには、むしろポジティブ・インパクトにフォーカスすることが重要です。事業を通じて世のなかのニーズにどう応えていくのか、その結果、企業価値をどれだけ向上することができるのかを、これからは自分たちの言葉で伝えていく必要があるのではないでしょうか。

日置 ふわっとした議論に陥りがちなのは、SDGs(持続可能な開発目標)への対応にもいえるようです。

橋本 SDGsに先立ち、デュポンでは食糧や公衆衛生、都市化、エネルギーや気候変動に関するメガトレンドを経営の基軸の1つに据えていました。もちろんそのような社会課題をどのように解決していくのかは重要ですが、同時に自社事業の持続可能性も真剣に考えるべきでしょう。

日置 食糧もエネルギーも、そしてコロナ禍ではワクチンも自給自足ができず、相対的貧困や経済格差が看過できないところまできているのがいまの日本です。この先さらに高齢化と人口減少が進み、国がどんどん縮小するなかで、国体をどう維持していくのか、どのような産業構造にするのか、その中で企業はどう生き残るのかという非常に重要な問題に本気で向き合わなければならないときを迎えています。

「地球に優しく」もいいのですが、地球は人間如きに構ってもらわなければならないほど柔な存在ではないので、より自分達に引き付けた議論をすべきでしょう。世界がひとまとまりになってSDGsをまとめあげたこと自体は素晴らしいことですが、「持続可能な開発」って結局は人間のためなのですから。

橋本 SDGsは2030年までに達成すべき開発目標なので、残り10年を切っています。50年、100年先はともかく、10年先ならフォーキャストベースでも見通しが立つはずです。精度を上げてきちっとプランを持つべきです。

日置 先ほどもお話いただきましたが、デュポンは、メガトレンドを踏まえた超長期の経営戦略や事業戦略で知られています。SDGsに対する取り組みはどのようなものですか。

橋本 デュポンでは2006年の時点で、SDGsの前のMDGs(ミレニアム開発目標)の達成期限とされた2015年に向けた持続可能性についての目標を設定していました。

 そこではやはりネガティブを減らすだけでなく、事業活動の目標、つまりMDGsにビジネスとしてどう打って出るかを示しています。

 たとえば、環境関連の研究開発費を2倍にして新たな市場機会を創出する、温暖化ガスの削減に貢献する製品や非枯渇資源からの売り上げをいくらにまでするという内容です。これらの目標が数字を伴うことで価値創造に向けたストーリーとして描かれ、全世界で共有される戦略として浸透しました。