巷には「ポジティブでいろ」という圧力が蔓延(まんえん)している。しかし「ネガティブ」という感情は問題点を解決する原動力になったり、他者の苦しみを理解できたりするなど、役立つ大切な側面があるのだ。気鋭の社会学者が「ポジティブという同調圧力」の問題点をあぶり出す。本稿は、貴戸理恵『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)の一部を抜粋・編集したものです。
ポジティブでいても
問題は解決しない
「いつも笑顔で機嫌よくしていよう」「へこんでも引きずらず、前向きな気持ちでがんばろう」。わたしたちの暮らす社会には、そんなメッセージが溢れています。「前向き」な生き方を指南する自己啓発の本やサービスが売られ、SNSでは絶えずキラキラした写真や言葉が流れてくる日常のなかで、人びとは「もっとポジティブじゃないと」という要請にさらされています。ポジティブな人は魅力的で人に好かれやすく、挫折を乗り越えて成功をつかむ能力があり、仕事でもプライベートでもうまくいきやすい。そういうふうに考えられています。
もちろん、不幸であるより幸せなほうがいいし、人の悪口や愚痴ばかりいっている人よりも、ニコニコと肯定的な話をする人のほうが、一緒にいて気持ちがいいのは確かです。ただ、本来幸せは、ポジティブな気持ちになれるような出来事や状態がまずあって、それに対して「ああ幸せだなぁ」という思いを抱くのであって、しんどい状況があるのに無理やり「わたしは幸せだ」ととらえるのは、何かちがうのではないでしょうか。
シーン(22)に引き付けて考えてみましょう。「上司が自分にばかり雑用をいいつける」という現状に、疑問を抱いている女性がいます。その仕事が彼女の業務に含まれていなかったり、他の人は頼まれないのに彼女だけが押し付けられたりしているなら、明らかに問題でしょう。それを解決するためには、上司に業務内容を確認してもらうとか、職場の人と分担して作業できるようにするなど、具体的に仕事の配分を変える必要があります。
ところが、相手の女性はそういう方向性を想定せず「期待されているのだ」「雑用からでも学べる」と現状を肯定的にとらえようとします。彼女は現状に対する不満を口にしているのに、それがそのまま受け止められないのは、相手の女性が「常にポジティブであるべき」という社会の要請に忠実だからです。