経験共有が、社会の分断を埋める
関根 そうしたことが可能になると、技術をどう進展させるかという観点と同時に、社会にどう受容させるか、という観点も重要になりますね。法律や倫理観の変容も迫られます。
南澤 おっしゃる通りです。義足のアスリート、マルクス・レーム選手は、走り幅跳びで多くの健常者を超えるパラ世界記録を出して議論を巻き起こしました。テクノロジーの発達がもたらす新たな問題を、どう受け入れ、どうルール化していくかはとても重要な課題です。
ただ、考えてみれば人間は、みな多かれ少なかれテクノロジーで「超人化」しています。眼鏡で視力を矯正するのも、パソコンやスマホで情報処理能力を底上げするのも、いわば一種の超人化です。身体拡張は、既にあらゆる人の「自分ごと」になりつつあるのです。
そうした認識を当たり前にするためにも、CAの技術は役立つと思っています。人間拡張技術は「個人の能力のリミッターを解除する」と同時に、「社会のつながりを豊かにする」役割も果たすのです。というのも、今社会でクローズアップされている人種問題も、LGBTの包摂も、「他者を理解できない」故の分断が根にあると思います。テクノロジーによって、自分だけでなく広く他者の経験まで豊かに追体験できるようになれば、価値観のキャパシティが広がり、こうした分断が減らせるのではないでしょうか。
関根 しかし、技術開発のスピードは速く、社会システムの整備はなかなか追い付きません。
南澤 特に、日本の社会制度設計の遅さは深刻な問題ですね。自動運転やロボットの分野では、まず業界で自主規制のガイドラインを作り、法律をそれに合わせていく、というアプローチでスピードアップを目指しています。未知の技術に想像力が追い付かない部分は、まず物語の世界の中でシミュレーションしてみて、そこから社会制度を考える「SFプロトタイピング」のような手法も使えると思います。
未来像だけが先走れば絵空事になるし、技術だけが先走ると社会問題になるので、両者は両輪で進めることが重要です。いずれにせよ、技術の社会実装は、研究者だけでできることではありません。三菱総研さんのような企業とも、ぜひ協力し合って進めたいと思います。