「身体性」が息づく、人間中心の未来

関根 南澤先生の研究の大きなキーワードが「身体性」だと思います。CAの実現に向けた研究においても、現在のデジタル環境に不足する身体性を補完しようという意志を強く感じます。私たちが『スリーエックス』の中で、DX(デジタル)と並ぶ革新的技術として、BX(バイオ)、CX(コミュニケーション)を重要視した背景にも、「人間中心で未来を描きたい」「身体性の重要性を訴えたい」という思いがあり、そこに強く共感しています。

南澤 デジタル化する世界に、いかに身体性を回復していくか――。これは本当に重要なテーマです。人間は、身体的な経験値の蓄積がなければ人格を形成していくことができません。しかし、おっしゃる通り、今のインターネット社会には、そこが決定的に欠けています。端的に言うと、ネットを通じた経験は「ひとごとの連鎖」になっていて、それがさまざまな問題を引き起こしていると思います。

 SNSの炎上も、相手の感情や経験を「自分ごと化」せず、反射的に応答してしまうことが原因ではないでしょうか。アナログな時代なら、どんな経験でも自分なりにそしゃくしなければならず、それが安全装置になっていたのです。だからといって、デジタルをアナログに巻き戻すのはただの後退です。デジタルを基盤にしつつ、身体性のあるつながりを実現するのが私たちの役割だと考えています。

関根 効率化と生産性向上だけを追い求めるあまりに人間性を軽視するのではなく、身体性や感情を大切にした未来をつくっていかなくてはいけませんね。

南澤 そう思います。デジタルに足りないのは、具体的には「質感」「実感」「情感」です。例えば、ブランコに揺られたときの浮遊感や、富士山に登頂したときの達成感……。こうした経験には、個別の感覚には還元できない全体性がありますよね。これが「質感」です。また、テレビを見ているだけならひとごとにすぎない事故や災害も、目の前で起きればものすごい恐怖です。これが「実感」です。さらに、握手やハグのような身体的接触からは、信頼感や安らぎのような「情感」が生まれます。

 これらは、決して人間が失ってはいけない豊かさだと思います。

関根 『スリーエックス』では、テクノロジーと並ぶ未来創造のための両輪としてコミュニティを位置付けています。テクノロジーの発展とともに自律分散する個を、再び協調させる仕組みとして、新たなコミュニティの構想が欠かせないと考えているのです。

南澤 コミュニティは非常に重要なポイントですよね。「自律」や「自己実現」というと、1人で目標を決め、そこに向かって何かを積み上げ、つくり上げていく……というイメージがありますが、私は、それはちょっと違うと思っています。「自己」って、もっと環境に依存していて、社会とのつながりによって自然にか形作られるものだと思うのです。

 自分の分身を持ったり、他者と融合したりできるようになれば、人間の居場所は増え、自分と社会をつなぐパス(通路)も、どんどん増えていきます。すると、それらを通じて多様な価値観が形成され、それに対するインタラクションとしてさまざまな行動が誘発されていく。それらの相互作用によって「自然に構築された自己」を受容した先に見えてくるのが自己実現ではないでしょうか。

 会社だけ、学校だけと強くつながるような、パスの少ない生き方をしていると、「副業禁止」とか「私服禁止」みたいなローカルルールに人格形成や人生設計が大きく左右されてしまいます。逆に、パスがたくさんあれば一人一人のレジリエンスは高まります。

関根 今おっしゃったようなイメージは、まさに私たちが「共領域」と呼ぶ新たなコミュニティ像と一致するものです。コロナ禍によって、オンラインコミュニケーションが大きく浸透し、働き方が場所に縛られなくなったことで、個人が多くのパスを持てる未来が近づいてきた感がありますね。

南澤 これは本当に大きな変化です。CAのリテラシーは、ここを土台に育まれると思うので、せっかく手に入れた選択肢を大事にしたい。一人一人がリアルとオンラインのメリットとデメリットを意識し、これは音声通話、これはアバター、これは生身の身体……と、使い分けられるようにならなくてはいけません。そのための意志や主体性を持つことが重要になると思います。