進行の食道ガンステージ3を生き抜いたジャーナリストの金田信一郎氏が、病院と治療法を自ら選択して生き抜いた著書『ドキュメント がん治療選択』。そこに登場するがん医療の権威で米国でもがん研究を続けた中村祐輔氏(外科医・がん研究所)は、日本の医療界の問題に鋭いメスを入れます。第1回はなぜ日本で新型コロナウイルスのワクチンが作れないのかという話題について。根底にはがん治療にも共通する日本人のある言葉に対するアレルギー反応がありました。(聞き手は金田信一郎)

なぜ、日本はコロナワクチンが作れないのか。「白衣を着た詐欺師」たち『ドキュメントがん治療選択』にも登場するがん研究会がんプレシジョン医療研究センター所長の中村祐輔氏

――去年の夏に中村先生のところにうかがったときは食道がんステージ3で、東大病院から国立がん研究センターに転院するかどうか迷っている時でした。その後、手術から放射線科治療に切り替えて治療を終え、今はがんが抑えられている状態になりました。その体験『ドキュメント がん治療選択』という本にしたんですが、それを書いていて思ったのは、日本の医療界で常識と思われてることが、実は世界ではまったく違っていることも多いということでした。

中村祐輔氏(以下、中村) コロナ対応を振り返れば、「日本は科学の力がある」というのが幻想ということがよくわかりますよ。

――そうですね。日本企業はワクチンも作れませんし。

中村 結局、日本のワクチン技術って古いのですよ。ビオンテック社はどうしてすぐにmRNAを使ったコロナワクチンを作ることができたかというと、要するに、がんの免疫療法、ワクチン療法をやろうとしていた。がんには特有のネオアンチゲンという目印になる抗原ができる。それを見つけて、mRNAを使ってがん細胞を攻撃する研究が、2017年に論文として出てきている。

 これを「すごい」と言っているのは、「何も知らない」と言っているのと同じで、日本の研究者が世界の動向についていっていないだけの話です。今の日本の議論を聞いていると、もう本当に時代遅れだと感じます。

 コロナワクチンとは、ネオアンチゲンの代わりに、コロナタンパクを使って作られたものを注射してるだけの話であって、コンセプト的にはがん治療での技術を応用しただけのことです。

――そこが、日本と海外での違いにつながったわけですね。

中村 もう一つ大きな海外との意識の差があり、それはテロ対策です。2001年の9・11の直後に、アメリカで炭疽菌テロが起きました。アメリカにとってはバイオテロっていうのが現実のものなのです。その対策として、ワクチンは大きな柱の一つだったわけです。技術はもうがんで培われていて、がんゲノムのシーケンスなんてすぐにできるわけです。

――日本にも研究者がいるのに、なんで、そういう研究が生まれなかったんですか。

中村 免疫っていうのは、日本ではネガティブな面ばかりが強調され、それが大きくなっています。例えばワクチンで副反応が出たら、「危ないからワクチンをしない」となる。子宮頸がんワクチンがその典型です。だから日本だけが、子宮頸がんの発症率が下がっていない。ほかの国では子宮頸がんにならない時代になってきているのに、日本は高止まりしている。

 結局、「公衆衛生」という概念が、あまり理解されていない。みんなの利益を考えた場合、一部の人に副反応が出ていても、それはやっぱり絶対多数の人たちのために必要なのです。もし、子宮頸がんワクチンで副反応が出た場合は、どうして副反応が出たか、どんな人に出やすいのか、原因を調べて減らしていけばいい。

――みんなに安全な薬なんてないわけですね。

中村 抗がん剤治療もそうです。金田さんは放射線治療も受けられましたけれども、人によっては強い副作用が出ます。治療後、さまざまな放射線障害が出る人がいるわけです。

 結局、放射線が当たれば必ず細胞はダメージを受けますが、それを修復する力って患者ごとに違うわけです。そういう個人の違いを理解した上で、医療を進めていかなければならない時代なのに、それも理解されていない。

 日本では、「免疫療法」とうたった一部の怪しい人たちがいる。私も「白衣を着た詐欺師」って言っていますけど、そんなこともあって「免疫療法」はすごくイメージが悪いわけです。

 あと、どうしても免疫療法が効かない人がいる。抗癌剤で体の免疫が弱ってから、免疫療法をやってもあまり効果がでない。話題になったオプジーボとかでも、効いた患者さんたちは免疫がしっかりしてる。

――要するに、「免疫療法は効かないし、怪しい」というのは、日本人の思い込みが大きいわけですね。

中村 科学的に言えるのは、遺伝子異常がたくさんある人には効きやすい。オプジーボが効く人って10~30%ぐらいですが、有効率の高いがんを調べると、やっぱり遺伝子異常が多いタイプのがんが多いです。

 そういうことも含めて、やっぱり科学的にいろんな検証していく必要があるわけで、どうしても免疫療法、免疫ワクチンっていうと、すごくネガティブな印象が日本の中にはあります。

――そうですね。免疫療法とか先進医療って高額で怪しい。「標準治療以外は受けてはいけない」という凝り固まった考えがあります。

中村 (世界から)10年遅れで「標準化」と言い出して、標準治療を受けることが、何か「絶対的な正義」になっている。だから、新しいことやろうとすると、みんなで足を引っ張る傾向があって、医療の進歩が遅れてしまっている。

――日本はいまだ、20世紀の感覚だと。

中村 コロナワクチン接種を見ていると、その通りですよね。私もコロナワクチンを受けましたが、紙で問診表を書いて、打ち終わったらシールを貼るんですよね。こんなアナログなことをやってる国ですからね。そして、コロナワクチンがどこまで行き渡っていた、誰が接種を受けたのかも、リアルタイムの情報として収集できない。コロナ感染で、日本の科学力の遅れ、デジタル化の遅れが露呈しました。
(2021年8月26日公開予定記事に続く)