突然、告げられた進行がん。そこから、東大病院、がんセンターと渡り歩き、ほかにも多くの名医に話を聞きながら、自分に合った治療を探し求めていくがん治療ノンフィクション『ドキュメントがん治療選択』。本書の連動するこの連載では、独自の取材を重ねてがんを克服した著者の金田信一郎氏が、同じくがんを克服した各界のキーパーソンに取材。今回登場するのは、悪性リンパ腫から復活したアナウンサーの笠井信輔さん。笠井さんは「日本人の2人に1人ががんにかかる時代なのに、まったく心の準備ができていなかった」と反省の弁を述べました。(聞き手は金田信一郎氏)。
■笠井アナの「がん治療選択」01回目▶「笠井信輔アナ、悪性リンパ腫から復活「昭和の価値観捨てて休む勇気を」
――笠井さんが2019年にがんになるまでも、周りでは小倉さんを含め、がんに罹患していた人はいたはずです。自分ががんになると思っていましたか。
笠井信輔氏(以下、笠井) 自分が実際にがんになるとは思っていませんでした。日本人の2人に1人ががんになります。それも男性は3人に2人ががんになる時代です。それを知っているのに、「自分ががんになるなんて、なんて運が悪いんだ」と恨んだこともありました。
でも冷静に考えれば、私の方が王道の人生なんですよ。だって、半分以上の確率でがんにかかるわけですから。つまり今、がんになってない人の方が特別なのであって、たまたま運のいい人生を歩んでいる。「そう考えようよ」って言いたいですね。
――2人に1人ががんになる時代ですから、夫婦なら確率論的には、どちらかはがんになるんですよね。4人家族なら、誰かががんになる確率はおよそ9割です。
笠井 そうなんです。人生の中で身近な人が確実にがんになります。だから、がんに備える知識は必要なんです。不思議ですよね。みんな100万円が2分の1の確率で当たる宝くじがあれば、買ってみるでしょう。ノーアウト満塁で打率5割のバッターが出てくれば、確実に点が入ると思うはずです。それなのに、がんにはならないと思っている。その感覚がすごいと思うんです。
なんでこんなことを強調するかというと、全部、「反省の弁」だからです。今日の取材も、私の「しくじり先生」みたいなものです。今日はみなさんに反省の弁を伝えたいと思っています。
そんなに高い確率でがんになるのに、それでも自分ががんだといわれると、頭が真っ白になりました。今考えれば、「なんで準備してなかった」と、当時の私に言いたいくらいです。
だって、みんな津波や地震には備えて、家具の転倒防止策とかはやってるわけですよ。いつ来るか分からない自然災害には備えるのに、それよりも高い確率でやってくるがんはイメージしていない。私もこれだけもいろんな取材をしながら、身近なことに関してはまったく手付かずだったというのは、やっぱり認識不足としか言いようがないんです。
――そうですよね。これだけがんが広まっても、我々がそうだったように、多くの人はがんにかかるイメージがまったくない。これ、どうしたらいいんですかね。
笠井 うちでも子どもに言うわけですよ。子どもは成人しているんで、「がんに備えた方がいい」って。収入が少なくても、安い保険もありますし。でも、そんな話をすると、子どもたちがいなくなった後で妻に言われるんです。「あなたの言っていることは分かるけれど、若い時に自分ががんになるなんて想像しないわよ。私だって、あなたががんになっても、自分は、がんになるかもなんて恐れながら人生を送りたくない」って。
それが健康な人のマインドなんだと思います。実際、保険の営業担当の人は、「あんた、オレががんになると思って、勧めているのか!」って怒られるそうです。でも結局、がんになると、「本当にありがとう」と思うものです。彼らの存在が、「神様」のように感じられる。だって、保険会社の方から連絡してくれるんですから。
私は、退院して半年以上たってから、「請求してない部分がある」と指摘してもらいました。びっくりしました。一時期、保険の「払い渋り」が問題になりましたが、保険会社も「会社のあり方」を考え直しているんだと思いました。
――私も、絶妙なタイミングで、保険の担当者から電話があるんです。「そろそろ一時退院ですよね。途中でも保険金、出ますよ」って。積極的に支払って、支援しようという姿勢の保険会社に感動しました。
笠井 それはきっと、がんの人の数がとても多いからなんですよね。評判が良くなって、保険に入る人が増えれば、保険会社の収入も安定する。そうすれば救われる人も多くなる。2人に1人はがんになる時代なんですから。社会貢献という意味でも、がんを取り巻く仕組みは整備されつつありますから、我々はそれにうまく乗った方がいい。検診も保険も。
(2021年7月29日公開記事に続く)