「自分の世界観を直接イメージに落とし、共感を得られる形で他者に発信できる。それがこれからは大切だ」こう語るのは、日米マッキンゼー、ソフトバンク社長室長等を経て、「グレートジャーニー合同会社」の代表として、人間の知性のあり方を探求・提示している安川新一郎氏だ。そんな安川氏が「おのれの認識の浅さを恥じた」と絶賛する本がある。「ITエンジニア本大賞2021」のビジネス書部門グランプリを獲得した『なんでも図解ーー絵心ゼロでもできる! 爆速アウトプット術』だ。「フレームワーク」や「キレイな絵」を一切排除し、瞬間的なアウトプット力の向上を徹底的に追求している。本書の面白さについて安川氏に聞いた。

トップコンサルが絶賛する「図解で人を動かす極意」とは?Photo: Adobe Stock

図解は「人の上に立つ者」の必須スキル

 グラフィックレコード(グラレコ)という言葉が、世に聞かれるようになって数年になる。

 当初は、私もワークショップ等の議論を楽しく活性化するために、簡単なマンガを超高速で描く技術という認識だった。

 日高由美子さんの著書『なんでも図解』を読んで、おのれの認識の浅さを恥じた。本著は、単に図解のためのスキルを学ぶというより、「いかに人々の発言から論理や因果関係を紡ぎ出し、高速で空間に固定するか」について説いた本だ。

 思い出したのは、1990年代に経験した外資系コンサルティング会社のマッキンゼーでのシーン、クライアント先に常駐していたときに作業に不可欠だったのが画面の全面印刷できるホワイトボードだった。

 クライアント含めたチームメンバーとの討議結果を全て感熱紙にコピーし(今なら、スマホで撮影だろうが)後に清書して資料化する。議論が白熱してきた時、おもむろにホワイトボードの前に立って「この議論は、どうも2つの軸があって…」などと言いながら、文字や図を書き、おもむろに議論の論点整理を始める。

 おじさん達の視線が背中に刺さる。うまく整理でき、おじさんたちの議論が収束し「若いのにやるではないか」という視線に変わると成功。思うように図解化できないと、すごすごと再び着席し、迷走する議論に再び延々と付き合う羽目になる。これを多くのコンサルタントが経験する。

 ホワイトボードに議論の論理構造を整理し、キーワードごとに箇条書きにできれば合格点、さらに思考の補助線となる重要な軸を見つけてマトリックス化できれば、プロジェクトは大いに進捗する。しかも、その場でクライアントと解決の方向性についての仮の合意形成もできる。コンサルタントにとって、イシューの構造化とその図解能力は重要な基本スキルの両輪だ。

重視するのはスピード! 一瞬で図解する!

 本著では、上手に描くノウハウは書かれていない。むしろいかに議論の流れを止めず、一瞬でわかりやすくシンプルに図解記録していくかに焦点が置かれている。棒人間、ゼロワン君などと呼ばれる人のアイコンは究極的にシンプルに無個性化されているが、ちょっとした表情や手足を加えるだけで驚くほど描写力が増す。

 文字についてもコンサルタント時代、神経症的な文字は人を無意識にいらつかせるため、ふっくらとしたわかりやすい文字で書くことを心がけていた。本著においても「抑揚を押さえた」文字でわかりやすく書くことが勧められている。

 また、今は直接関連する話題ではないと判断される話題などをホワイトボードの隅に「パーキングロット(駐車場)」と呼ぶコーナーを作り書き込んでいた。発言者は発言が記録されたことで満足するし、実際あとから重要な要素を含んでいたことや関連が見えるときもある。

 本著では「余談スペース」という表現で余白の大切さとともに説明されている。さらなる思考と議論の広がりのために適切な余白のスペースを持つことも大切なポイントだ。直感的にこの議論は膨らみそうだぞと思うと余白スペースを開けておく。そして、そのスペースが自然と埋まっていく。

 他者との討議だけでなく、自分自身の思考の整理の為にも、図解は重要だ。私は常々、「事象の構造化と文脈解釈によって未来を思考することが重要である」と研修や自身のブログで説明している。

 事象を構造化するには、まず何らかの軸に従って図解化し、それをじっと眺め、意味合いを考えるプロセスを繰り返す。自らの思考を整理し、その文脈を整理する。

 そのときも、この思考を空間に図解化して固定するノウハウはとても有効だ(下図は、本著のデザインに従って自分自身で書いた図解。noteマガジン「逆境の知的生産の技術」の「人生がより生きやすくなる『文脈解釈』の技術とは」より)。

トップコンサルが絶賛する「図解で人を動かす極意」とは?

 そして手書きが、適度な暖かさと思考の余地を与えてくれる気がする。

 思考を図解化するスキルは、複雑な議論を整理し関係者を巻き込み引っ張っていくべき立場の人物は身につける基本スキルだ。

孫社長がやっていたこと

 著者の日高さんやグラレコの人には怒られてしまうかも知れないが、最も良いのは、グラレコの専門家をワークショップに呼ぶことではなく、自分自身が、本著を通じて学んだ技術で自分の考えを図解化し、自分自身の手で思考を空間に描き説明し、そして聴衆の共感を得ることだ。

 ソフトバンク社長室長として孫社長を身近に見ていた時期があるが、孫社長もアイデアをまとめる時、文字は少なく、丸や四角と矢印に数字を入れ込み、キャラクター漫画の絵もあるメモを良く移動中の新幹線などで書いていた。

 経営者、起業家、政治家、研究者、等など、「理想を言語化・見える化し、その理想に向かって協力者を巻き込む必要のある人」は、全てこの基本スキルを学ぶべきだ。

 モノよりコト、論理より感性の時代、計算が速くできたり細かい事を覚えていることより、自分の世界観を直接イメージに落とし共感を得られる形で他者に発信できる、それがこれからは大切だ。

 そのような思いで、私自身、この本で学んだ図解のノウハウを用いて自分の思考イメージを描く訓練を日々心がけている。そして、それは訓練であるが、とても楽しい。