妊婦の「たらい回し」は過去にも…
これまでも定期的に起こった「救急車たらい回し」

 2007年、妊婦が「たらい回し」をされたことで死産したことが発覚して、マスコミが調べたところ、全国で同様のケースが多数報告された。

 そこで国・自治体・医療期間が改善をしますという話になったが、事態はそれほど変わらない。総務省消防庁によれば、重症患者の救急搬送で20回以上受け入れを拒否されたケースは2011年に47件あったという。また、2013年には、埼玉県久喜市で、呼吸困難を訴えた70代男性が25の病院から受け入れを拒否されているうちに、意識不明となって亡くなるという悲劇も起きている。

 これは近年も変わらない。先ほどの資料で、令和元年同期の「搬送困難事案件数」を見ると、995件。今はコロナで膨れ上がっているが平時から起きている構造的な問題なのだ。

 では、なぜこのようになってしまうのかというと、「医療資源の偏り」という指摘がある。

限りある医療資源を薄く広く伸ばす日本、
「再編」の議論が不可欠

 これまで本連載で繰り返し述べてきたように、日本は医療従事者数も看護師数も人口比で見ると他国とそれほど大きく変わらない。しかし、病床数が桁違いに多すぎる。病床は医療従事者がいないと機能しないので、多すぎる病床に振り分けると、一つひとつの医療機関の人員が少なくなる。つまり、限りある医療資源を薄く、広く伸ばしてしまっているせいで、「脆弱な医療体制の病院」が全国に溢れるという状況を招いているのだ。

 医療資源が少ない病院は当然、救急医療やコロナ医療というリスクの高い医療はできない。だから、コロナの恐れのある発熱患者や、救急車の受け入れを拒否せざるを得ない。

 つまり、「救急車のたらい回し」という構造的な問題を突きつめていくと、どうしても「医療資源の偏り」に突き当たり、これを是正していくためには「医療資源の再編」という議論にならざるを得ないのだ。

 具体的には、地域の中で、高齢者のリハビリや、検査入院、日帰り手術で済むような治療の入院などをしている医療機関の機能を「集約」していく、そして、専門医や高度な医療機器など限りある医療資源を、救急医療やコロナ重症患者を扱う急性期病院へと「集中」させていく。患者のトリアージ(緊急度に従って優先順位をつけること)をできるだけ避けるため、まずは病院自体の「トリアージ」を進めていくのだ。

 ただ、こういう再編・改革をよろしくないとする人も、医療界には少なくない。その代表が、病院経営者の利益を守る業界団体・医師会だ。

 だから、医師会としては「救急車のたらい回し」になるべく国民の注目を集めたくない。「これ以上、救急車のたらい回しで死ぬという悲劇を減らすため、地域の医療機関の機能をあらためて見直したらどうか」というムードが高まってしまったら、地域の開業医的にはあまりよろしくないからだ。

 さらに、この話題が厳しいのは「医療再編」以外にこれといった解決策もないことだ。病床を増やせば、医療現場がさらにブラック化するだけだ。医療従事者を増やせば、医療費もさらに膨れ上がる。財務省が許すわけがない。

 こういうクリティカルな議論を避けるには、「救急車のたらい回し」を減らすしかない。それが、医師会が「コロナ総力戦」に積極的に参加するようになった最大の理由ではないか。

 もちろん、これはすべて筆者の想像に過ぎない。ただ、医師会がこれまでの方針からガラリと変わって、コロナ医療に積極的に関わってくれるようになったことは紛れもない事実だ。どういう理由があるにしても、この英断を全面的に支持したい。

 果たして、今回の取り組みによって、一部国民の「医師会不信」を払拭することができるのか。東京都医師会の今後の動きに注目したい。

(ノンフィクションライター 窪田順生)